足跡(6)
「「「えっ」」」
嘘だろ。何で今日初対面の三人全員がそんな驚いた顔してんだよ!? 糸目の人に関してはずっと黙ってて、漸く聞いた声がこれ!? 別にそんなに驚くような可笑しい事は言ってないだろ!
周ちゃんに、遊火と呼ばれた目の前の女性は、ゆっくりと俺の両肩を掴んで、真剣な表情で顔をマジマジと眺める。不可抗力にも、血色の良い綺麗な肌に、無駄な肉なんて付いていない、すっきりとした顔を構成する、均一の取れたその全てが目に飛び込んでくる。
健全な男子学生にこの距離は毒だ。決して体に悪い訳ではないけれど、この距離でこの見つめ合いは色々と不味い。しかし、再びの突然の事に、またもや一人でどぎまぎして何も言えずにいたものの、遊火さんは思いの外、直ぐに俺の肩から手を離し、解放してくれた。
「大丈夫、問題ない! この子はノーカン!」
そして笑顔を浮かべ、握った手の親指だけを立てると、謎の宣言をした。一体何の問題なのかも、カウントなのかも分からない。 ただ、何と無くだが、俺の尊厳が貶められてしまっている気がしないでもない。
「ゆ、遊火ちゃんは大丈夫でも、先輩が困っています!」
「えー……本当に?」
「困っていると言えば困っている……かな?」
周ちゃんの諫言に唇を尖らせた遊火さんは、不満げに俺に問い掛ける。正直、困っているのも事実だけど、半分くらいは歓迎している俺が居る。
遊火さんは「むー」と頬を膨らませて俺から離れた所で、正隆さんに「それで、何さ」と問い掛けるが、何やら思案していた照君が「どうせ、まだ待てって言うんでしょ」と呟く。
「だ、駄目だよ照君。そんな言い方は……」
「姉ちゃんも似たような事は思ってるだろうし、こっちの方が手っ取り早いだろ? 俺……というか、姉ちゃんに司サン、遊火サンに斎サン……こんだけ揃ってるなら、話が進むのは後一人が来た時、違いますか?」
照君はそう言うと、正隆さんに目線を送る。それに対して正隆さんは「その通りだよ」と答える。そこら辺含めて、何のつもりだったのか最初から説明して欲しかったんだけど。
「……もうすぐ来るとは思うんだけどねぇ。時間はちゃんと伝えた筈なんだけど……」
溜め息をつきながら正隆さんがそう言っていると、その時は突然やって来た。
「すみませぇぇぇん! 遅刻しましたぁぁああああ!」
大きな声と共に、勢い良く部屋に入ってきたのは、そこそこ身長が高く、手足の長い人物。長い睫毛に白い瞳をしていて、清潔感のある短い毛先は白いが全体的に黒い髪をしている。見た所、遊火さん達と同じく俺と同年代と見受けられるが、俺よりも高い背丈にタイトな黒い細いズボン、シンプルな白いシャツと男性に見えるものの、顔の造形は焦った表情をしていても美しく、中性的な為、女性にも見える。立ち居振る舞いも男性的で堂々としているが美しく、益々性別がわからない。
現在も頭を下げて謝っているがそれさえも絵になる。……しかし、俺の中でその印象は挽回出来ない程に優雅さから掛け離れてしまっている。
何故なら、窓を割って飛び込んで入ってきたからである。ちなみにここは四階。見た目と行動が掛け離れ過ぎているだろ。というか、行動がぶっ飛んでる。
「……遅れた事よりも窓を突き破った事の方について、何か言って欲しいんだけどね」
「……背に腹は代えられぬ、と」
正隆さんの苦言に対して、神妙な面持ちの性別不詳の人。何言ってるのコイツ。
「確かに、僕等は仕事上、時間を厳守しなければいけない、人命に関わる事もあるからね。でも、今日は任務とは言ってないよね?」
「任務では無いとも聞いてません!」
「…………ああ、もう、今回、窓を割ったのは不問とするけど、今後は窓からは入って来ないでね」
「はい! 感謝します!」
「……それで、何で遅刻したんだい?」
「何故か新入生の女の子達に一緒に写真を撮ってくれと、せがまれてしまって……理由はさっぱりなのだが……」
性別不詳の人の答えに、正隆さんは頭を抱える。お小言の多い正隆さんを一時的とはいえ黙らせられるのは逆に凄い。そしてこの見た目で、写真をせがまれた理由を本気でわかっていないのか。
呆れやら妬みやら羨望やらの気持ちで二人のやり取りを眺めていると少しして、小言が終わった所で、正隆さんは一度手を叩いて「さて」と口にする。やっと本題に入れるらしい。
「こうして集まってもらったのは他でもない。顔合わせがしたかったんだ。だからさっき照君言った様に、皆が揃う必要があった。まあ、半分は時間を守らなかったせいで、終えている人達も居るけどね」
……正隆さん、やりやがったな。この人は端から俺が断るという可能性は一切考えてなかったんだ。何が下っ端だ、何がこんな役割だ。口振りの割に随分と合理的に、上に忠実に働いているじゃないか。
「司君、そう怖い顔はしないでよ」
「お気に為さらず。似たような文句は既に言っているので」
正隆さんは俺に「ありがとう」と言うと、再び皆に向き直る。
「僕の力不足で色々と不備が起こってしまったが、紹介しよう。こちらに居る彼の名前は柊司君。君達と同じく今年から青見原学園魔導科に編入する二年生だ。そして同時に彼は君達の隣人となる人であり、五家集会の総意で擁立した、新たな道玄坂の当主だ」
「えっ、彼?」
その反応はもうやったぞ、性別不詳の人。後、俺からすればそちらの方がどっちなのかわからない。
「それと、彼には魔闘祭に向けて協力もしてもらう。門の向こうの彼等からすれば僕等がどんな事してくるのか不明だ、これは優位な状況ではあるけど、相手の事がわからないのはこちらも同じ。そこで、向こうの事を知っている司君にその部分のケアをお願いしようと思う。……まあ、それはともかく、まだ済ませていない人は自己紹介を済ませておこうか」
正隆さんがそう言うと、遊火さんが「じゃあ私からー!」と元気良く手を挙げる。
「私は榎遊火。縷紅家に選ばれて青見原学園魔導科に通うことになった三年生だ! さあ! 遊火ちゃん、お姉ちゃん、遊火お姉様、この中から好きな呼び方を選んでくれっ! ちなみにおすすめはお姉ちゃんだ、さっぴょん!」
「遊火先輩で」
「さっぴょん酷い……」
何かこの人の出した選択肢に乗ったら嫌な予感しかしないんだけど。そもそもさっぴょんって俺の事だったの? ……そういや、さっきからまねねとかてるてるとか不思議な呼び方してたな。
「遊火はちょっと空気を読めないタイプだからね」
「ちょっと斎は私に対して辛辣じゃない? 空気読む読まない以前に、斎は空気そのものみたいになる癖に」
「遊火も僕に対しては辛辣だよね」
「見ての通り遊火サンと斎サンは仲良しッス」
「「それはない」」
照君の指摘に二人は口を揃えて否定する。ベタだな。何でも、ここに居る人達は皆昔からの知り合いらしく、中でもこの二人は特に付き合いが長いらしい。




