足跡(3)
「言葉だけなら漫画とかで少し……」
「そういった作品に登場しているようなものの認識で強ち間違いじゃ無いよ。簡単に言えば、より質の良い魔力が得られるとでも思ってくれれば良い。兎に角その龍脈が良くも悪くも厄介者でね。放置すると場合によっては酷い災害に見舞われることもある上に、その魔力を求めた魔獣の類が闊歩する事もあるから、管理する必要がある一方、昔、世界が繋がっていなかった時に、魔力を得られる事が出来る数少ない手段の一つだったから、必要不可欠でもあったんだ」
「この青見原にはその龍脈が通っていた。だから陰陽師……俺達の先祖がここに居を構えた」
「その通り……だけど、少し細かく言うなら青見原自体が巨大な龍脈なんだよ、場所によって強い弱いはあるけどね。そして青見原に居を構えた家には、大きく分けて五つの氏族があった。君達、北方衛士の道玄坂家、南方衛士の縷紅家、東方衛士の青天目家、西方衛士の粉白家、そして僕等、中央衛士の黄波戸家だ。この陰陽五家は古くからの協調関係にあって、今の時代にまで残っているのも偏にこの関係があったからでもある」
「……そういうことですか。正隆さんは黄波戸家の人だったんですね。その上、周ちゃんも関係者だった」
「黄波戸と言っても、生憎僕は下っ端だからこんな役回りなんだけどね。だから僕からすれば、周様と司君が知り合いだった事に驚きだったけど」
……ということは、周ちゃんは元々何らかの企みがあって、柊司の妹である來依菜に近付いた訳ではなく、たまたま來依菜と仲良くなったのか。それなら安心した。……とは言え、そもそもあの子は悪いこと自体出来なさそうだけど。
「正隆さんが本当に下っ端なのかは置いておいて、黄波戸に連なる家の人間が態々俺に道玄坂の当主になれと頼むっていうのは、今の道玄坂に、当主が居ない、もしくは当主になられると困る人が現在の当主って事ですよね」
「……これは参ったなぁ、説明が楽で困るよ」
「茶化さないで下さいよ」
「いやいや、真面目にね。生徒が優秀だと教える側はどうなんだって言われちゃうからさ」
「それを茶化すと言っているんです。それで、どうなんですか?」
正隆さんは「せっかちだなぁ。でも、それもそうだね」と、柔和に笑う。俺がせっかちという訳ではなく、正隆さんがマイペース過ぎるんじゃないだろうか。まあ、正隆さんからすれば、元々想定していた俺への説明に掛かる時間が短縮されたから鷹揚でいられるのかもしれないが。
「……君の予想は概ね合っている、現在の道玄坂に当主と呼べる存在が居ないんだ。これは六年前の青見原科学研究所爆破事件も少し関わっているんだよ。君はあの研究所が何を目的として創られたのかは知っているかい?」
「……いえ、ですが今になって……というか、今の流れで考えてみると、その陰陽五家が関わっているんですよね」
「その通り、青見原科学研究所は陰陽五家が立ち上げた研究施設だった。勿論、そうではない部門も、魔導なんて知らなかった研究員も居たけど、元々の目的は魔導技術と科学技術を融合させて新しい技術を生み出す事を目指していたんだ。彼方の世界にある、魔導具を作り出す研究に近いかな。故に、少なからず陰陽五家の人間もそこで働いていた」
現在の道玄坂に当主と呼べる存在が居なくて、原因の一つに青見原科学研究所爆破事件がある。……であれば、考えられる可能性は……。
「……道玄坂の本家筋の人間が多く亡くなった……?」
「嫌なことを思い出させてすまない。犠牲者の中には、黄波戸、縷紅、粉白、青天目の者も居たが、単純な被害となれば道玄坂が一番大きい。繁様が当主だった時といえど、君の両親を初めとする次期当主候補を、君を除く本家筋の人間を一気に失ってしまったのだから。当主候補を失ったのは我々黄波戸を含む他四家も同じではあるが、道玄坂程ではない。…………思ったよりも落ち着いているね」
……正隆さんがゆっくりしていたのは、俺にこの話をしなければいけなかったから、俺に心を落ち着かせて整理する時間を与えようと思っていたからなのかもしれない。
「……これでも、それなりに経験はしたつもりですから。今更とは到底言えませんが、だからと言って目を背ける訳にはいきませんからね」
「……強い子だね、そう言ってもらえると僕も助かるよ。どうか、今回ばかりはトラウマを掘り起こす愚行を赦して欲しい」
……この人に何度も頭を下げられるのは、慣れない。こっちの方が罪悪感が湧いてくる。別に、恨んだりするつもりなんてないけど、頷く以外出来そうにない。
「ありがとう。……とにかく、ここまで来ると現在の道玄坂の現状をある程度丁寧に述べた方が分かりやすいと思う。つい二ヶ月前とかなら今まで通りでも問題は無かったんだけど、魔導が求められつつある今、道玄坂は、当主争いが激化しているんだ。今の世の中で当主になれば利益を得られるかもしれないからね。しかし、その為に色々と足の引っ張り合いが……中には闇討ち紛いの事も行われて、当主……というか当主代理の交代が短い期間に何度も起こっているという状況なんだ」
「だから、事態を重く見た協調関係の黄波戸が、血縁的に相応しい俺を擁立しようとしているって事ですか? ……闇討ちとか聞いたら余計に嫌になるんですけど」
「いや、少し違う。君を擁立しているのは道玄坂を除く四つの家だ。……この五家の協調関係には取り決めがあってね。基本的には他家に深入りしない、相互不干渉の取り決めがあるんだけど、今回みたく当主争いが激しく内情が不安定で、家の存続に支障を来す場合や、ある一門が原因で他家への被害が著しい場合等、協調関係の存続が危ぶまれると判断された際は、他四家の内、三家の意見が揃う事で介入が可能になるんだよ」
「魔力が流れ込んできて一ヶ月という期間にも拘わらず、全会一致で介入が決まった事からも、道玄坂の現状が急を要しているのはわかりました。その中で俺が当主として擁立された理由も、唯一の本家筋の人間の生き残りで説得力があるからという事も、そもそも利益以前に五家の協調関係の存続の問題であるという事も理解しました。……でも、その話はお受け出来ません」
俺がそう言うと、正隆さんは「そうか」と呟く。わざわざ憎まれ役を演じる羽目になってしまった正隆さんには申し訳無いが、理解と同意は別物だ。
「貴方が、説得をする立場なのにも拘わらず、わざわざ闇討ちが行われていたりする現実を隠さず説明してくれたのは有り難いです。ですが、俺は今の暮らしが大切なんです。それに、繁じいちゃんや父さん、母さんの願いを、俺は尊重したい」




