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足跡(2)

「……それで、用事って何ですか?」


 お世話にはなっているのだが、俺はこの人が少し苦手だ。何となくだけど、話がしにくいというのか、考えている事が読み難いというか。多分、曲がりなりにも保護者という立場なのが気恥ずかしかったり、俺の中で負い目になっているのだと思う。


「取り敢えず座っちゃいなYOー!」


 後、子供との距離を縮める為の努力の方向が間違っていて、腹立つタイプの軽いノリな所も嫌。


「……司君は相変わらず落ち着いた子だね」


 俺がデスクの前に置かれた来客用のソファに腰掛けると、正隆さんもその正面に腰を下ろした。そうして机を挟んだ向こう側に移動した俺の保護者は、やれやれと得意気に肩を竦める。俺は落ち着いている訳では無く、手は出そうだが言葉が出ないだけである。こういう所が無ければ真面な人ではあるんだけど。


「それで、何です?」


「ちょっとお願いがあってね」


「えっ、嫌です」


「ちょ、流石にそれは」


「胡散臭いですし。見た目からして、ついでに言葉遣いも」


「それ殆ど全てだよね?」


「否定しません」


「少しは否定してよ! これでも生徒達との心の距離を近付ける為に頑張ってるんだよ、オジさんなりにさ! 一応、面白い理事長って好評なんだよ!」


 ……それは変と書いて面白いと読んでいるのではなかろうか。言い換えれば滑稽。でもそれを告げるのは酷と言うもの。被保護者としての立場もあるし、気を遣おう。


「わかったので、早く本題に入ってください。妹の所に行きたいので」


「相変わらずシスコンだね」


「それは今関係無いでしょ」


 そもそもシスコンじゃない。過保護と言われる事はあるし、確かに我ながら過保護気味だとは思うけど、兄として妹には幸せになって欲しいだけだ。


「來依菜ちゃんが大事なら、尚更聞いておいた方が良い話だよ」


「……何ですか。急に真面目になられると、それはそれで違和感が有るんですけど」


「それじゃあ、お願いの前に一つの報告から。当校は、彼方の世界で行われる魔闘祭に参加する事が正式に決定された」


「……はぁ?! 何で……そもそも戦えるんですか?」


「君が今年から通う新学科である魔導科は、君達兄妹の様に神隠しに遭った子や、魔力の流入によって超能力やPSI(サイ)という呼ばれ方もするけど、君にとっては“セクレト”と呼んだ方が分かりやすいんだったかな……とにかく、そういった能力に目覚めて困っている人達の為に創設された学科なのは知っているよね?」


「それは知っています。でもそれとこれとは違うでしょう。力の使い方がわからない人だって居るのに」


「でも、それだけじゃないんだよ。そのクラスには“生まれた時から魔導に関わっている者”も通うんだよ」


「最初から……? いや、だってこっちの世界に魔力は殆ど無かった筈なのに……」


「司君、君なら一つ、心当たりがある筈だよ」


「いや……でも……それは昔の話で……」


「本来なら、君にこの話は一生聞かせる事は無かったんだけどね。司君、君の母方の実家である道玄坂という家は、数ある陰陽師の家の中でも、有力な本家筋に当たる家の一つなんだよ。ただ、君のお祖父様の繁様や、父君である吹雪(ふぶき)様、母君である美幸(みゆき)様は、徐々に廃れていくだけの家に君を縛るのを良しとはしなかった。だから後見人の僕も、君には何も伝えなかった」


 正隆さんは視線を落とす。それは、俺に後ろめたい気持ちがあるからなのか、それとも両親の選択を哀れんだのか。何れにしても、そんな些細な事に気は回りそうにない。


「……でもそうはいかなくなった」


「世界が繋り、魔力が流れ込んだから」


「察しが良いのも、考えものだね」


「そんな丁寧に言われたら誰だってわかりますよ」


 ああ、もう。頭が痛い。俺にとって遠い世界だと思っていたものが、こんなに近くにあったなんて。……今更何なんだよ。欲した時には全く出てこなかった癖に、今更になってノコノコと出てきやがって。


 この憤りは、一体何処に向ければ良い。


「……君の言う通り、魔力が満ちてしまったこの世界には、誰もが等しく魔力に触れられるようになってしまったこの世界には、その魔力を扱う為の魔導は不可欠になってしまった」


「知っています。自衛の為にも最低限魔力付加は必要にもなっていますし、国からも推奨されています」


「そう。そして国同士の関り合いにも魔導が有りきに……有り体に言えば魔導を扱った、国同士のマウンティングも行われつつあるんだよ」


「でしょうね。彼方の世界に於ける魔闘祭も外交の一環という側面もありますし」


「それに目を付けたのが、理事長の僕でもどうしようも無い、上の立場の人達、要はオーナーみたいなものだね。彼等はここで名前や有用性を売っておきたいんだよ。廃れていく一方だった立場からすれば死活問題だからね。魔導が必要になってきたからと言って手を拱いているだけじゃ埋もれてしまう。今の内に手を打っておいて地位を確固たるものにするというのが狙いだ」


「……話はわかります。それで、貴方は俺に何をさせたいんですか」


「きっと君は感付いているだろうけど、敢えて言わせてもらうと……どうか、道玄坂に戻ってきて欲しい。そして、代表になれとは言わない、魔闘祭に向けて協力して欲しい」


 そう言い、正隆さんは俺に頭を下げた。不躾な頼みだとは理解しているらしい。……でも、この人が頭を下げる必要なんて無い筈なのに。話を聞くに、この人はただ、上の決定を伝え、説得に来ただけだ。


「言い訳がましくてすまないと思っているが、これでも僕等は君の肉親の決定を尊重していたつもりだったんだ。ただそう言っていられる状況でも無くなってしまったんだ」


「……別に魔闘祭に向けて協力するのは構いません、学科も学科ですし。ただ、道玄坂の家に戻るというのは一体どういう意味ですか。まさか、本当の事を一切知らなかった俺に、本家筋だから当主になれ、みたいな事は言いませんよね」


「そのまさかなんだよ。虫がいい話だろう?」


「全くもってその通りですね。何も知らないから利用してやろうという魂胆が丸見えです。そもそもそんな話をしておいて、俺を当主にする利点が見当たりません、貴方達に何の利点があるんですか」


「……そうだね。ただ、こちら側の利点の話になると、少々複雑な話になってしまうんだけど、良いかな?」


「複雑でも聞かないと、話以前の問題ですから」


 正隆さんは「それもそうだね」と息を吐く。さっきまでと比べて少し肩の力が抜けて見えるのは、切り出しにくい話題を終えたからだろう。


「この青見原という地は、昔から神隠しや妖怪伝説、物の怪の話には事欠かない。それは今となっては、彼方の世界と比較的繋がりやすかったからと判明したんだけど、それに加えてもう一つ理由があるんだ。司君、君は龍脈という言葉は聞いたことがあるかい?」

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