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足跡(1)

「兄さん、忘れ物は無い?」


 春の日差し。日向にずっと立っていると汗ばんでくる、そんな季節。穏やかな光を遮る雲は殆どなく、空に広がる群青よりも明るい髪をした妹は身支度を前日に済ませている為か、自宅の門の前で得意気に俺に訊ねてきた。


「それ、俺よりももうそろそろ来るやつに言った方が良くないか?」


「だーれーがードジっ娘だー!」


 噂をすれば何とやら、朝っぱらから騒がしく文句を言いながら走ってくるのは幼馴染の少女。黄色いアホ毛が一生懸命揺れているのは相変わらずだ。


「そんな生易しい可愛い言い方してないだろ、台風娘が」


「何かゆるキャラみたいだな!」


「元気で何より」


「わけてやろうか? あっ、二人ともおはよう!」


「いらん、おはよう」


「おはよう、つむじちゃん」


「來依菜、セーラー服似合ってるな!」


「えへへ、そうかな?」


 照れ臭そうに笑う來依菜と、「うん! 凄く可愛いぞ!」と歯を見せて笑うつむじ。まさかこんな日が再び訪れるとは思わなかった。


「何湿気た面してんだよ司、ほら、早く行こうぜ! 私達のせいで來依菜を入学式に遅刻させる訳にはいかないだろ?」


「ああ、悪い。それもそうだな」


 つむじに手を引っ張られ、歩き出す。前を歩く二人の少女の背丈も身形も、日を重ねて変わっていっているけど、懐かしい。


「それにしても、まさか司も急に來依菜と同じ学科に移動するなんてな」


「しょうがないだろ、俺の場合ダブるか辞めるかの二択だったんだからさ」


「つむじ先輩って呼んでも良いんだぞ!」


「つむじ先輩!」


「おお、來依菜は可愛い後輩だなぁ」


「俺としてはつむじがちゃんと二年生になれた事に驚いてるよ」


「最近覚えた魔力付加ってやつを司で試してみようかな」


「やめてくれ、お前の馬鹿力は俺が死ぬ」


 世界は大きく変わった。この世界の常識では有り得なかった空想上の存在が公に認識され、同時に世界中ではセクレトと呼ばれる超能力を得た人間も確認された。そして、世界は二つになった。


 二分されたのではない。文字通り二つになったのだ。約一ヶ月前、雨宮孝規とその使い魔ウィステリアの企みは完遂され、俺達が住んでいるこの世界と、魔法が存在してる向こうの世界を行来する事が可能となった。


 それにより、其々の世界は混乱した。特に此方の世界は彼方の世界と比べるとかなり被害が大きかった。今となっては学校に行けるくらいにまで落ち着いたが、国によっては未だに動乱の日々が続いているらしい。


 無理もない。国によっては隣接する国が増え、更に人によっては望む望まない関係無しに力が手に入ってしまったのだから。この日本という国はマシな方だ。あれから一ヶ月という期間内で被害をこれだけに抑えられているのは世界の中でも珍しい方だろう。


「おはよう、來依菜ちゃん」


 そんな声が聞こえてきたのは家から歩いて、校門を潜った頃。妹に挨拶をしたのは眼鏡を掛けた女の子。根本は黒く、外側になるに連れて徐々に黄色に変化している髪を、ふんわりとしたボブカットにしている。幼い顔立ちの上に乗せた縁の無い眼鏡の奥には、優しげで大きな黄色の綺麗な瞳が煌々と輝いているが、柔らかそうな頬も相俟って、何処か小動物の様な印象を受ける子だ。


「あっ、先輩方も……おはようございます」


 羽織っているカーディガンの袖の下で両手をもじもじさせて、來依菜の影に隠れて挨拶をしてくれる彼女は照れ屋だが、真面目な子らしい。


「おはよう、いつも妹と仲良くしてくれてありがとね」


「おはよう! カーディガン暑くない?」


「その……私、冷え性で……」


 同年の中でもかなり小柄な來依菜と殆ど同じか少しだけ高い背丈の彼女の名前は黄波戸(きわど)(あまね)ちゃん。來依菜とは中学生の時から仲良くしてくれている子で、俺と会うのは來依菜を通してだけだが、それでも礼儀正しく良く出来た優しい子であるというのが伝わってくる。


 一応、來依菜が連れてくる以前に一度だけ、中学校の図書室で会った事もあるが、図書室で会ったのは後にも先にもその時限りなので、彼女は覚えていないだろう。……まあ、そもそも俺が図書室に行く習慣も無かったから妥当ではあるが。


 とにかく、失踪もして、世界も大きく変化したにも拘わらず、妹と仲良くしてくれる友達がいるのは兄的に嬉しいのである。


「それじゃあ、兄さん、つむじちゃん、行ってきます」


「い、行ってきます……」


 新品の制服を身に纏う、初々しい下級生二人をつむじと一緒に見送る。今回俺達は保護者として学校に来ているので、席も別々だ。


「学校に私服で来るのはソワソワするな」


「そうか?」


 ……いや、普通ならそうなのかも。彼方の学校だと寮で過ごしていたから、つむじの様な新鮮な感覚が薄れているのかもしれない。


「頼んだよ、名カメラマン」


「容量いっぱいになるまで撮るぜ」


「それはやめてくれ」


 保護者席に座り、つむじに、來依菜の喜ばしい門出を切り取る仕事をお願いすると快く引き受けてはくれたが、やる気が満ち満ちて溢れまくっている気もする。少し持ち上げすぎたか。


 本来なら保護者は俺だけでも良いのだが、入学式の後に直ぐ、少しばかり用事があるため、こうしてつむじにカメラマンをお願いしているのである。來依菜も友達と一緒に記念写真を撮ったりしたいだろうし、俺が直々に撮れないのは残念だが致し方無い。


「じゃあ、今度こそ任せたよ、つむじ」


「おう、私に任せりゃ最高の瞬間を幾つも収めてやる」


「そりゃ頼もしい限りだよ」


 正直退屈なお偉いさん達の祝辞も過ぎ去り、新入生達も退場した後で、來依菜と合流するつむじと別れ、俺は一人校舎の一角へと向かった。


 向かった先は理事長室。先程つまらないスピーチをしていた人物がいる部屋である。俺はその部屋の前に立って扉のノックと挨拶をして、中へと入った。


「やあ司君、僕のスピーチは面白く無かったかな?」


「そんなつまらなそうな顔してました? というかよくわかりましたね」


「舞台の上からだと案外よく見えるものだよ」


 俺が理事長室に入るや否や半分苦情の入った冗談を口にしたのは、俺を呼び出した張本人である土之戸(つちのと)正隆(まさたか)さん。年は三十代だが、こめかみを刈り上げたオールバックにしている為か、見た目よりも若く見える。というか無駄に爽やかな事も相俟ってちょっとチャラい。瞳は暗い黄色で、サングラスは似合いそうだがしていない。


 後、最近知ったのだが、周ちゃんとは遠い親戚関係らしい。周ちゃんよりもやや暗い色合ではあるが、髪色が近いのも、その為だろう。


 実は正隆さんは、繁じいちゃんの死後の後見人であり、俺との付き合いもそこそこ長かったりする。俺が青見原学園に入学したのも、俺に何かあった時でも正隆さんに來依菜の事をお願い出来るからだ。そして俺が二年生として通えるのもこの人のお陰でもある。

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