蜃気楼(9)
「それは……魔闘祭での私達の利点は……手の内を知られていない事だからです。だから出来るだけ接触を避けるようにしていました。特に、私や兄さんは、参加者の中に顔を知っている人が居る可能性もあったので……」
「でも、アタシ達が出場する保証もないんじゃないの?」
「確かに仰有る通りです。ですが、兄さんは『きっと出場する』と言っていました。あなたがネクトの代表なのは予想外でしたが」
「ふぅん、そういう事。でも納得は出来ないわね。ただ手の内を覚られたくなければ当たり障りなく振る舞うだけで良いでしょうに。何故、態々《わざわざ》そこまでするの?」
そこまでして勝ちたいのか、将又この警戒は“アタシ達”対して向けられたモノ……というのは自惚れが過ぎるか。
「えっと……その……」
「その?」
「ひ、必死だったんです! だからあなたへの対応策が空回りしたといいますか」
「何? つまり、アンタが必死だったから魔闘祭に用意していた挑発文句を言っちゃったってこと?」
「その通りです!」
それならまあ……納得出来ない事も無いか。感情的になると理屈も何も無くなるのは嫌でも理解は出来るし。つまり、アタシは無駄に深く考え過ぎていたということになる。我ながら珍しい。
「で、何で必死だったの」
「あっ、それはですね…………いや、その、やっぱり秘密で……」
「は?」
「迷子になって宿への帰り道がわからなくなっていました!」
成る程、言い淀みがあったのは、学校毎の宿は非公開なので、それを他校の生徒に教えても良いのか迷っていたからか。
クイナから詳しく話を聞いてみると、どうやら宿の位置を書き込んだ地図は持っているらしい。 だが、そもそも自分が何処に居るのかわからない為、何処に向かう必要があるのかもわからないという状態のようだ。そんな風に、地図が意味を為さず四苦八苦している中で、アタシとぶつかったらしい。
「ちょっと地図貸しなさい。これでも今はこの街に住んでるし、アンタの所の宿が何処にあるのか分わかると思うから、案内するわ」
「えっ、良いんですか?」
「構わないわ、これ位」
アタシがそう言うと、クイナは一瞬笑顔を見せたものの、何故か直ぐに怪訝な顔で身構える。信用無いわね……。この場合、逆に何か条件を要求した方が良かったのだろうか。
「別にアンタの所の宿の中に入ったりするつもりなんて無いわよ。人の親切心は無下にしないで欲しいんだけど? まあ、警戒する気持ちもわからないでも無いけど」
この子にとっては本当に知らない土地だ。それに年端もいかない少女、アタシとは一つ年下とは言ってもこの子の場合は年齢よりも幼く見える。ここら辺は比較的治安の良い方ではあるが、一人で出歩くには警戒しておいて損はない。
「すみません、ではお願いします」
頷き、クイナから地図を受け取る。場所を確認してみると、幸いな事に今居る所から近いらしい。これなら十分もしない内に着くだろう。
「………………」
「………………」
……気不味い。さっきまでは成り行きで会話も有ったが、いざ一段落して歩き出すと話題も無く、何処と無く居心地が悪い。よくよく考えてみると、お互いの事は知っていたが、会話は一切交わした事も無いので当たり前か。
「……そう言えば、プラナスさんは何をしていらしたんですか?」
そんな折、あちらも気不味さを感じていたのか、ふとそう訊ねてきた。……そう言えば、こっちはこっちで迷子を一人抱えていたんだった。
「人探しよ。同じ代表のヤツなんだけど、色々あって酔っ払ったせいで、どっか行っちゃったのよ」
「えっ、それ大丈夫なんですか?」
「……逆に大丈夫そうではあったけど、大丈夫じゃないかもしれないわ」
酔ったマーガレットには別ベクトルではあるものの、少し姉に近い物を感じたので自衛は出来そうではあるが、姉の様に色々と面倒事を引っ張って来そうな気がしないでもない。
困惑した表情のクイナに「気にしなくても良い」と伝えると、彼女は「どんな方ですか」と問い掛けてきた。どうやら彼女なりにお礼をしたいらしい。
そんなに簡単に見付かるとは思わないが、ずっと申し訳なさげにしているクイナの気がそれで休まるなら良いだろうと思い、マーガレットの特徴やその時の状況を伝えてみた。
「それらしき人ならさっき見ましたよ?」
「……えっ」
「ハルバティリス王国の皇子様と一緒だったので多分、本人だと思います」
「それなら多分本物ね……一応、同じ代表だし、あの皇子様の方も困っている人は見捨てられ無さそうだしね」
思った以上にあっさりと見付かるのは、それはそれでマーガレットらしい。
しかし、あのマーガレットがレイ=フラウ=ハルバティリスと一緒に居るというのは珍しい。マーガレットは、自称普通が「一緒に居るとか逆に無理! 畏れ多過ぎ!」と言っており、件のあの皇子様の方は、マーガレットの言い分も強ち的外れでは無く、良く言えば尊敬、悪く言えば孤立している。
別に皇子様の方から距離を取っている訳でも無く、周りもわざわざ自ら距離を取ろうとしている訳でも無いのだろうが、その間には何処か壁が有るようにも見える。それは多分、あの皇子様が優秀で、良くも悪くも同級生と言うよりも有名人という扱いになっているからなのだろう。
アタシは別に距離を取る取らない以前に自分から仲良くしに行こうとも思わないけど。……そもそも皇子様と仲良くしたい連中にとっての『仲良い』は自分がキャーキャー言って楽しみたいだけだろうし。
「……でも大きな通りだったと思います、何だか騒ぎになってましたよ? 何処かはわかりませんが」
「アイツ等…………けどまあ、少なくとも皇子様が居るなら大丈夫でしょ。さっさとアンタの所の宿に帰りましょ」
「えっ、良いんですか?」
「ええ、別にわざわざ探しに行かなくても無事帰ってこれそうだしね」
アタシがそう言うと、何故かクイナは小さく「ふふっ」と可愛らしい笑みを溢した。変な事を言った覚えは無いんだけど。
「す、すみません。兄から聞いた話を思い出して」
「何変な事言われたのよ……」
「いえ、プラナスさんの事だから、大丈夫だと思っても探しに行くんだろうなぁと、何だかんだ面倒見が良い人だともお聞きしていたので」
アイツにしては珍しくマトモな事を言ったかと思えば…………何なのそれ……バカじゃないの……。
「照れてます?」
「な、何で照れる必要があんのよ! ほ、ほら、もう着くわよ!」
「えへへっ、ありがとうございます」
丁度、青見原学園代表の泊まっている宿の目の前に着いたので、クイナを半ば強引に宿の扉の前に押し出す。何でアタシはこんな事してんのよ。それじゃまるで照れ隠ししているみたいじゃない。
「でも良かったです」
「何がよ……」
「プラナスさんが、聞いていた通りの素敵な人だった事です」
クイナは、全く似ていないのに、何処かアイツを彷彿とさせる、無害そうな笑顔を見せた。
「だからどうか、私達に負けて下さいませんか?」




