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蜃気楼(8)

確かに当時は私も子供で浅はかだったのは認めるよ」


 歳の割に子供なのは今もでしょとも思ったが、珍しく自分を嘲り笑うような表情を見せたメリッサに思わず口を噤んでしまう。


「でも、私はそれ以外の方法を知らなかったんだよ。そりゃ今ならもう少しマシな方法も取れるだろうけど、流石の私でもあの頃は必死だったし、そもそも人付き合いなんて相手を潰せば終わるものだとも思っていたしね」


「随分と物騒な価値観ね……」


「貴女には言われたくはないなぁ。けど、徹頭徹尾穏便に済ませるっていうのはどうも上手く出来ないんだよね。特にエレーナ近辺だと、私が居るだけで相手が構えるっていうか、そもそも交渉所じゃ無くなるって言うの? 選択肢が既に無い、みたいな? 兎に角手遅れなんだよね。……だから、そういう時はあの子が羨ましくなるよ」


 珍しく淑やかなさまのメリッサは、「まあ、半分くらいは自業自得ではあるけど、それまで自分のせいで誰かが傷付く事になるとか、考えたことも無かったよ」とも呟いた。……本当に珍し過ぎて調子が狂う。


「…………アンタの気持ち悪さのせいで嵐にでもなる前に、その誰かが傷付かないように捜してくるわ」


 正直、コイツの言う事を聞いた形になってしまうのは癪ではあるけど、今回ばかりはその素直さに譲歩して、アタシも少し位見倣わせて貰う事にしよう。


「あら、それは頼もしい。今度何か奢ってあげるね」


「別に良いわよ」


「プラナスって好物は虫とかだったよね? 嵐の後は珍しい虫が取れるらしいから楽しみにしててね」


「余計に要らないわよ! そもそもそんなゲテモノが好物な訳無いでしょ!」


「照れないで良いからさ」


「照れてない!」


 ……全く照れていないかと言えば嘘にはなるけど……虫は要らない。原因はアタシの皮肉だけども。


「味付けは濃い目? 薄目? どっちが良い?」


「しつこい!」





 アタシはメリッサの些細な嫌がらせを振り払って、迷子になったマーガレットの捜索の為に、酒場までの道程を辿っていった。


 日も少しずつ傾き始めた。昼過ぎにルーナやレディと会った通りに比べると、比較的人通りも少ないものの、暗くなると見通しは悪くなるので、季節柄まだまだ明るいが、遅くても日が落ちるまでには見付けておきたい。


 ルーナやレディ達につられてだろうか、ふとツカサの事を思い出した。二つの世界が繋がったあの日、最後にアイツを見た時は左目を失明し、右腕を失っていた。そして、今日見たアイツは眼帯はしていたが、一見した限り右腕が有ったように見えた。


 限り無くアイツに見えたが、腑に落ちない。まず第一に、失明し体を欠損している人間を、代表として選ぶだろうか。普通なら、足手纏だ。魔導具を内臓した義手であれば何とかなるのかもしれないが、あの時、マーガレットに確認した通り、基本的に殆どの魔導具の持ち込みは禁止されている。


 規定内の魔導具といえば試合に使うペンダントや、最低限の生活を助ける範囲の魔導具である。それこそ義手であれば、魔力を流す事で物を掴む等、本当に日常生活を補助する最低限でなければ持ち込むことは出来ない。


 ……それにしても、そもそもアイツはあんなに無愛想なヤツだっただろうか。あのお人好しがあんな態度を、表情を保てるだろうか。


「……って、何でアタシがさっきから人の心配ばかりしてんのよ」


 無性にイライラした。さっきからマーガレットの姿を探しているが見付からないのも相俟って、余計に気が立ってしまっているのだろう。しかも、そのせいで少し不注意になってしまい、人とぶつかってしまった。


「あっ、ごめんなさい……」


「いや、アタシが悪かったわ……ん?」


 何処となく見たことがある顔だ。というか、数時間前に見た顔だ。そして知り合いだった年下の少女ともそっくりな顔。幼いその顔立ちに違う所があるとすれば髪形、髪色と瞳の色が違う位。むしろそれ以外に違わぬ所が全く無い。


「あの……何か……? その……やっぱり怒ってます……?」


「い、いえ、怒ってないわ」


「でも……何だか不機嫌そうにしているから……」


「これは元々よ、愛想が無くて悪かったわね」


「…………ご、ごめんなさい」


 この反応は逆に精神的に来るわね……。アタシにしては珍しく冗談を言ってみたのだが、どうやら失敗したらしい。


「アンタ、ツカサの妹ね」


「…………い、いえ、違います。多分人違いです……!」


 アタシの問い掛けにツカサの妹……確かクイナだったかしら、彼女は何故か否定して、突然走って逃げ出した。


「えっ、ちょっと待ちなさいよ!」


「嫌ですー! 理由がありませんー!」


「アタシが待てって言ってんだから、理由になるでしょ!」


「何ですか貴女暴君か何かですか!」


「似たような事は既にアンタの兄に言われた事あるわよ! だから……逃げんじゃないってのォ!」


「逃げてませ――うわっ!?」


 一向に止まろうとしないクイナにあぐねたアタシは、少しズルい気もしたが雷の属性強化を足に纏って、彼女の目の前に先回りする。これ以上逃げようとしたってそうはいかない、肩も掴んだ。


「ぐっ……目茶苦茶な理論です。見た目に合わず力も強いですね……ゴリラか何かですか」


「あぁん? 揺さぶり掛けて逃げようたってそうはいかないわよ? アンタ、兄から何かしら入れ知恵されてるでしょ」


「その割には痛いんですけどぉ……!」


 クイナは少しの間じたばたとしていたが、その内に諦めたのか「わかりました、逃げません。というか逃げ切れません」と言ったのでアタシは肩から手を離し、改めて訊ねた。本当に逃げないという保証は無いので身構えてはいたが杞憂だったらしい。


「アンタ、ツカサの妹よね」


「この様な形で名乗りをするのは私自身、不本意ではございますが、あなたの仰有る通り、私は(ひいらぎ)(つかさ)の妹、柊來依菜(くいな)です。以後、どうかお見知り置きを。そして、先程は失礼な言動を取ってしまい誠に申し訳ございません」


 思いの外、律儀に丁寧な所作でお辞儀もして、謝罪も口にする少女に対して、罪悪感が湧いてくる。逃げられたのを追い掛けただけとはいえ、少々強引な方法で捕まえてしまったのは、やり過ぎだったのかもしれない。


「あー……その、こっちこそ悪かったわね。無理矢理引き止めてしまって。アタシは――」


「プラナス=カーミリアさん……ですよね? 兄から話は聞いていたので知っています」


「っ……そうよ。どうせアタシを挑発するような事を言ったのもアイツの悪知恵でしょ?」


「うぅっ……すみません……効果はありませんでしたが、その通りです……」


「良いわよ、アンタには怒ってないから」


 この子の兄は別、次会ったら何発かは殴る。……こんな事を思ってしまっているあたり、アタシもメリッサの事を言っていられないわね。


「それで、どうして逃げたりしたの?」

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