蜃気楼(7)
筋肉はまだしも、髭はもっとマトモだと思ってた。普通に見せ掛けた駄目な人ね……アタシ達が来てる理由もわかってないし。
「えぇー、ラナちゃんも飲もうよ。このジュース不思議な風味するけお、美味しいひょ?」
「アンタまで忘れてどうすんのよ! そこの髭と筋肉連れてさっさと帰るわよ」
「うぇー……わかったよぉ……もぅー」
マーガレットは渋々そう言うと、何処からともなく、メリッサから渡されたと言う鎖を取り出して、髭と筋肉に巻き付けると、そこから伸びる鎖の先を手綱のように握った。……いつの間にやり取りしてたのよ。というか、本当に平和裏に解決したのか疑わしくなってきた。
「はい、ラナちゃん」
「……アタシに持てと」
「うん!」
何も考えてなさそうな……いや、考えていない笑顔で、鎖の手綱をアタシに手渡してきたマーガレットは「言い出しっぺだもん!」と口にする。子供か。
「……はあ、わかったわよ」
マーガレットから鎖を受け取る一方、いきなり鎖に巻かれ呆けた顔をしていた髭と筋肉は、我に返って「ま、まだ飲み足らん!」とじたばたと暴れようとするが、マーガレットは二人の耳元に何かを囁くと大人しくなった。どうやらメリッサの名前を出したらしく、二人は「め、メリッサだけは駄目だ……」とブツブツと何やら呟いている。果たしてメリッサの名前だけでそんな風になるのか。それともマーガレットに弱味でも握られているのだろうか。
「あ、悪魔だ……」
「悪魔の連行だ……」
「これが《エグランタイン》のもう一人の悪魔と呼ばれる由縁か……」
本当に煩い外野ね!
アタシが睨むと口々に呟いていた人間は「ヒッ」と声を上げて黙りこくり、髭と筋肉を引き連れて出入り口へと向かうと、自ずと人が身を引き道が出来上がる。……アタシここに来てから損しかしてないような気がする。
酒場からギルドに帰るまでの間、好奇の目に晒され、酒場で密々と口にしていたような言葉を呟かれはしたものの、髭と筋肉は暴れる事も無く、無事《エグランタイン》へと戻る事が出来た。
帰った所で、髭と筋肉に逃げ出さない事を確認して、鎖から解放する。何故か二人は背筋を伸ばしてギルドの椅子に腰掛けているが、これ以上はアタシの知った事ではないだろう。
「その割に殺気立っているようにも見えるけどー? そんなんじゃ到底穏便になんて済ませられないんじゃないかなぁ?」
「一体何が目的? わざわざ煽ってきて、その癖そんな態度。そもそも、協調性が無いのはアンタも同じでしょ」
「確かにね。でもお生憎様。私は貴女とは違って視野も広い、物事の分別はつくし、何より割り切る事が出来るんだよ。嘗めないで貰える? ……それとも、本気で殺し合ったりでもすれば気も収まるかな?」
耳元で囁くその声は、アタシの背筋を凍らせるには十分だった。アタシがここに来た時、アタシに殺す気が無かったからメリッサはあんな立ち回り方をしていたのが、漸くわかった。この女は、何処までも享楽的な癖して何処までも合理的だったのだ。
「子供の貴女に言うのは酷だけど、プラナス、強くなりたいなら早く大人になりなよ。そんな我が儘なだけの子供を危険な任務に連れていくなんて自殺行為だからね。身勝手でも良いけど、その身勝手さを自分で制御出来ないと話にならないよ」
けれども、思っていた以上に、予想していた以上に言葉は鋭くなく、身構えていた分、肩透かしを食らった気分だ。そのせいで、募って吐き出しそうになっていた苛立ちも腹の底へと落ちてしまい、気持ち悪い。
「アンタ……熟わかんないヤツね。何が目的?」
「さっさと子供のお守りを辞めたいだけだよ。ほら、貴女が大人になればあの子も追い付こうと背伸びするでしょ? だから呼び水にでもなってもらおうと思って。まあ、私としても貴女がS級も受かってくれたら、お守り的にも仕事的にも更に楽になりそうだから応援はしてるよ。助けはしないけど」
「……前々から思っていたんだけど、アンタはマーガレットの事、どう思ってるの?」
「んー……どうって言われてもなぁ……妹?」
「……言い方が悪かったわ。突き放すような言動の割に嫌ってるようにも見えないって言った方が良かったわね」
「それこそ世間一般の認識の妹、普通の姉妹の距離感ってやつだと思うけど? だから嫌っている訳じゃないよ。甘やかすつもりもないけど」
……そう言えばマーガレットとメリッサの二人の両親は、マーガレットが幼い時にクエスト中の事故で亡くなったんだったか。メリッサも自由なヤツに見えるが、まだ子供だった姉妹が生きていくには苦労もあっただろうし、それなりに思う事があるのかもしれない。
「それで、件の私の妹は何処へ行ったの? 何だかプラナスも足早に私から離れたいみたいでソワソワしているし、ねぇ? どうなのプラナス、ねぇ?」
くっそ、面倒臭い……!
「あれ? 今舌打ちした? 酷いなぁ。私上司だよ? 家主だよ? 恩人だよぉ? その態度は良くないんじゃないかな?」
「ああもう! 悪かったわね! マーガレットは迷子よ! 間違って酒飲んで酔っ払ったせいでどっか行ったのよ!」
「……そ、そんな……馬鹿な……。悪い子に育てた覚えは無いのに……。モラルは破っても良いけど、法律は破らないように教えてきた筈なのに……ああでも間違ってだからセーフ……? けど、あの子頭がお花畑な所あるからなぁ……」
「言ったら面倒な事になりそうだったから言いたく無かったのよ! そもそもモラルも守りなさいよ!」
「魔導学院に不法侵入して暴れ回った挙げ句、校舎を壊して借金抱えているような人間に言われたくないんですけどー」
「うぐっ……」
「けどまあ、何となくだけど話は読めたよ。でも隠滅しようとしたのはいただけないなぁ」
メリッサは溜め息を吐いて、「さあ、どうしてやろうか」とでも言いたげに口角を上げる。こんな風に揚げ足を取りに来るから言うのが嫌だったのに。目を離したのはアタシだけど。…………あれ? そもそも目を離さないようにする必要があるのはマーガレットの方じゃないの? 逆じゃない?
「よくよく考えてみれば、勝手に逸れたマーガレットが悪いんじゃないの」
「……チッ」
「アンタ! アタシに言っておいて自分が舌打ちしてんじゃないわよ!」
「私は良いの、偉いから」
「いつか泣くほど後悔させてやるわ」
「いや、無理でしょー」
「アタシに負けて泣いてたクセによく言えるわね」
アタシがそう言うと、メリッサは一瞬押し黙るも「あれはあれ、これはこれ!」と目茶苦茶な理論で話を終わらせた。本当に大人気ないわね……。
「でもそうなったら困ったなー。私は仕事だし、マーガレットを探しにいけないなぁ。あーあ、連れ去られたりして脅されでもしたらギルドの危機だなぁ。借金どうするんだろうなぁ」
「元とはいえ、アンタが作った原因でしょ。アンタが降り掛かる火の粉を手荒く歓迎したから、方々に恨みを買ったわけだし。……まあ、相手も悪いけど」




