あれから(2)
まず一番影響が大きかったのは、その隣国へ留学した生徒が居たことだった。
留学生がいること自体は別に珍しくは無い。むしろ、今年の王都魔術学院で留学生を出さない方が珍しい位だ。
魔闘祭というのは、生徒達の力を測るためのものや、生徒達の目標として思われがちだが、実際は他国との交流を行うことの方が本来の目的である。
これはお互いの手の内、つまりは戦力を披露し合い、そうすることによってお互いに信頼の意思表示をし合っているようなものだ。……まあ、武力を誇示して抑止力や外交を有利に行うという意味合いも少なからず含まれているのも否定は出来ないが、概ね信頼を得るためのものと言っても良いだろう。
しかし年によっては国同士の勢力図が偏ってしまう事も少なくはない。
そこで行われるのが留学だ。
優秀な生徒が多くいる国は他国に留学生を出さなければならない。別に出さなくても構わないのだが、その場合他国に白い目で見られるのは必至である。
留学先は基本的に生徒の意思に任せられており、何処を選択するのかは自由であるが、留学生を何人も受け入れた結果、依然勢力図で抜きん出ている場合、その国は追加で留学生を出さなくてはならない。
こう言ってしまうと、留学生を受け入れるのはあまり良いようには聞こえないが、留学生は留学先の国の代表として魔闘祭に参加出来るので、魔闘祭を行事として見れば戦力の向上を望める為、悪い事ばかりではない。生徒自身も他国の代表として出るというのは、色々な国の、様々な人間へ対してのアピールとなるので、留学した以上、代表を狙うのが普通だ。
そして何より、留学生というのは留学元にとっては貴重な戦力である。それを受け入れるということは、その国に対しての人質を得る事が出来るという事でもあるのである。
そんな留学制度の元、我が校から留学したのはティアナ=ハーケンベルグという三年生の女子生徒だ。
ハーケンベルグ家の御令嬢である彼女は、歴代唯一、たった一人で生徒の仕事を行っていた人物で、前生徒会長に当たる人物である。彼女はそれを行えるだけの器量、有無を言わせないだけの実力と家柄を持っていた。
彼女は去年だけでなく、一昨年から、二年間生徒会長を務めていたのだが、今年度に入り、急遽留学すると言い出した結果、こうして皺寄せがやって来たのである。
基本的に生徒会は魔闘祭で代表になった人間が務めるのだが、彼女は例外で一昨年は参加したものの、去年は参加していない。
そして、生徒会として選ばれた僕らも例外だった。
生徒会長ケトル=ストレングス。
書記ルーナ=カタルパ。
会計レディ=ロッテン。
庶務コーチ=クロック。
そして僕、副会長ユーリ=カリエール。
それと、同じく副会長、今ここにはいないがエルシー=スチュアート。
けれども、“例外だった”だけで、今は例外では無い。僕らは例外では無い事を勝ち取ったんだ。
異例だったらしい。代表として三年生が一人も選ばれなかったのは。
本来なら、カーミリアさんも此処へ居たんだろう。けれど、彼女も居ない。学園長からは一応留学扱いにしていると聞いたけど、何処へ行ったのかは教えてくれなかった。曰く誰かしらが追い掛けるのを防ぐためだそうだ。
でも、その一番追い掛けそうな人物は『帰って来るところを守る為にワタシは生徒会長になったの』と言っていたので学園長の計らいも杞憂だろう。
「ああ、そうだ。今年の対抗戦について学園長から聞いた事があるんだけど、聞いてくれるかい?」
何時しか書類の仕分けやその他作業に全員が没頭し、静かになっていた部屋で僕はそう口にする。上手く気持ちを切り換えていたところ申し訳無いけど、僕も時間があまり無く、それを皆も知ってくれているので少しは多目に見てくれるだろう。
「どうしたユーリ?」
「何かしら?」
「どうしました?」
「どしたの?」
口々に返事を貰い、全員の注目を浴びた所で、僕が学園長から書類を受け取った際に言われた事を正確に言葉に表した。
「今年の魔闘祭は、彼方の世界からも一校、参加を表明した学校があるしい」
「どこだ?」
「日本という国の青見原学園――」
国と学校名、それに逸早く反応したのは、相槌を打ったコーチ君ではなかった。
「それは本当ですか!?」
念を押すように確認したのはルーナさん。無理もない。一番彼から話を聞いていたのは彼女なのだから。
日本という国は、このハルバティリス王国に出現したゲートの先ある新しい隣国だ。そして、青見原学園の青見原とはその日本にある土地の名前。それはツカサ君という、この世界に迷い込んで、僕らの友人となった人の住んでいた所で、アトラスの森のゲートが繋いだ先にある場所だ。
そしてそこにある学校は、魔導というものが無い世界で一番早くそれらを受け入れ、対応し、ティアナ=ハーケンベルグが留学先に選んだ学校でもある。
その学校が魔闘祭に参加を表明したということは、少なくともティアナ=ハーケンベルグ以外に六人は参加出来るだけの力を持っている人間が居るということに他ならない。
魔飽祭だったあの日、僕らの友人は最後にアトラスの森へと向かった。
その後、同日中に不可解な光柱の調査の一環として、騎士団が同じ場所へ向かったが、人は居らず、代わりに大きな血溜まりの上に、銀色の刃の欠片と酷く糜爛した黒い刀の柄のようなもの、二つの髪留めに国営病院の病衣が落ちていたらしい。
そこで何があったのかは不明だが、兎に角遺体は一つも見付かっていない。
けれど、髪留めと病衣はノスリ=アビエスという今年度から高等部一年になっていた筈の少女の物で、彼女はその日以降失踪しており、その家柄から彼女と交流の多かったルイス=エバインによれば望みは薄いらしい。出生が特殊な彼女は元々先が長くは無く、それを踏まえた上での結論だそうだ。
そして、刃の欠片と柄はツカサ君の契約武器。これは実物を見た僕ら全員が口を揃えてそう言ったのだから間違ってはいない筈だ。
その事から、僕らとルイス=エバインが導き出した答えは、ツカサ君の身に何らかの事が起こり、そこへ向かっていたノスリ=アビエスが先の短い自分の代わりにツカサ君を救ったのではないか、というものだ。
そんなツカサ君は決して強いと呼べる部類では無かったけれど、使えた魔法は多かった為、使い方次第では格上の相手であっても結果がかなり変わってくる筈だ。それに彼方の世界の住人の中で曲がりなりにも此方で魔法を学んだ彼なら、彼方の世界では貴重な戦力に成り得ても可笑しくはない。
要は、確信が欲しい。ツカサ君が無事であるということの。
もう、これ以上誰かを失うのは嫌なんだ。
等間隔に扉の並ぶ長く広い廊下を歩くと、カーペットの張られた床が柔らかく足を押し返す。
学年が上がってここ――学院の寮で暮らすようになってから結構経つけれど、未だ何処か旅行先の宿泊施設に泊まっているような居心地の悪さが、違和感が、心の端に居座っている。




