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蜃気楼(6)

「そりゃ勿論、A級二人の乱闘。普通はB級とC級じゃ受けられない難易度のクエストだけど、私の推薦だから今回は特別に受けられるよ」


「やっぱり私も行かなくちゃいけないの……」


「ほら、可愛い子には旅をさせよって言うじゃない? 後、監視。ほい、書類にサインして」


「監視とか有って無いようなものじゃんー!」


「残念、鍛練所じゃ無くなったわね」


「ラナちゃん的には借金減るし力試し出来るしで、全然残念そうじゃないじゃんー!」


「マーガレットよりは骨のある相手だしね。メリッサ、修繕費がアタシ持ちになったりしないわよね?」


「疑り深いなぁ。酷くても酷くなくても、じじい二人に払わせるから、今日は安心して良いよ。でも、暴れずに速やかにね」


「アタシ、アンタの妙に抜け目がない所嫌いだわ」


「それは御愁傷様、私は君の事、大嫌いだけど好きなのに」


 何を考えているのかわからない薄ら笑いを浮かべるメリッサ。口には出さないがアタシはこの女が苦手だ。隙があるように見えて、隙がない。子供っぽい所があるにも拘わらず、老獪だ。読めない。


 アタシは、メリッサとアタシを見ながらオロオロしているマーガレットに呼び掛けて、メリッサに指示された酒場へと向かった。道中人が多く、少しばかり時間を食ってしまったが、ギルドから酒場までの距離自体は遠くなかったので助かった。自体を悪化させるとメリッサにねちっこく嫌味を言われる可能性もあるので、そうなる可能性は出来るだけ排除しておきたい。


「うへぇ……くっさい……。ラナちゃん、私臭いだけで酔いそう……気持ち悪い……」


 酒場に着くと、当たり前ではあるが、アルコールのツンとした臭いが鼻に付く。しかし、酒場にしたって臭いが酷い、マーガレットの言う通り気持ち悪くもなってくる。


 原因は明確で、かなり広い店の床には割れた酒瓶や、グラス、空の酒樽が散乱しており、そして店の一角では人だかりが出来ており、歓声も聞こえる。どうやら恨み辛みの乱闘騒ぎでは無いようだが、これこれで中々に酷い有り様だ。


「さっさと終わらせて帰りましょう。メリッサも速やかにって言っていたし」


「う、うん……!」


 アタシとマーガレットが店に入ると、子供が入ってきた事が珍しいのか、乱闘騒ぎを観戦していない人達が此方を見て、口々に感想を述べたりしている。


「子供……? い、いや! あの子は《エグランタイン》のギルドマスターの妹さんだ! つまり筋肉の人と髭の人の喧嘩を止めに来たに違いない!」


「あ、あの悪魔の!?」


「ああ。だが、妹さんはメリッサ…………様と違って慈愛の塊だと言うのが専らの噂だ」


「何?! 悪魔の妹は天使だってのか!? でも天使にあの喧嘩を止められるのか?!」


「確かに……待て! もう一人居るあのお嬢ちゃんのあの横で纏められたピンクの髪色……背筋がゾクりそうなあの鋭い金色の目……! 俺は聞いたことがあるぜ……最近メリッサ様がある一人の女の子を連れてきたって噂をよ……!」


「そ、それは俺も聞いた事がある! ……そうか! 天使様は監視する為に来ているんだ、そうに違いねぇ! だって、俺が聞いた話じゃ、悪魔がもう一人悪魔を連れてきたって内容だ! 見た目は麗しいが……連れてきたあの悪魔も手子摺る程ヤベェらしい……! だって……」


「《エグランタイン》のもう一人の悪魔、と呼ばれているからだろ?」



 外野が煩い。というか何よ、もう一人の悪魔って。完全にメリッサからの巻き込まれ事故じゃない。そもそも乱闘騒ぎの中でよく悠長に酒を飲んでいられるわね。ある意味尊敬するわ。


「ラナちゃん顔怖いよ」


「その割にアンタは緩んだ表情してるわね」


「えへへー、天使だなんて、そんな事で無いですよぉー。褒められたって何も出ないよぉー」


 ……幾らマーガレットでもここまでお花畑な思考だっただろうか。疑問に思いマーガレットの様子を伺った所で即解決。


「アンタ、その手に持ってるのは?」


「ほへ? はっきお店に入って直ぐ、気持ち悪ほうにひていはは何か知らないおじさんが『天使様ァ……』って言いながらくへたほ。優しいよね。お水にしては苦いけほ」


「……それ酒よ」


 マーガレットは怪しいを通り越して怖い呂律で「えぇっ(ふへぇっ)そりゃ大変だほひゃひゃいへぇんひゃ水分を取らないと……ひゅいひゅんとりゃにゃいひょ」と言い、手に持っている木のジョッキを更に呷る。……幾ら何でも酒に弱過ぎじゃないの。


「マーガレット、ちょっとそこら辺に座って休んでなさい」


私は大丈夫だよ!わふぁへははいひょうひゅひゃよ 早く終わらせよう!ふぁやくおふぁらひぇよう


 何でこんな時に限って意欲的なのよ……。


 どうやらマーガレットは酔うといつも以上に楽観的で自信満々になるらしい。普段の弱気と足して割れば良い塩梅になりそうなのに。根は姉と同じで図太い癖に、変に乙女思考な所があって、繊細で、泣き虫で、その割に清廉で、良くも悪くも人間らしい。まあ、アタシと比べると善良過ぎる位善良なヤツではあるが。


「暴れるおじさんにー……きぃっくー!」


「ちょっとマーガレット?!」


 マーガレットはアタシの注意は一切聞き入れず、危うい足取りで助走をつけ人だかりを飛び越えると、暴れているであろう二人の元へ、叫びながら文字通り蹴りをつけに行った。


 人垣の向こうからはマーガレットの「あちょー」といった声や、「むぅっ?!」やら「め、メリッサ!?」等と動揺した声が聞こえ、暫くすると観客の喝采だけしか聞こえなくなった。確かにあの言動は言われてみればメリッサっぽいかもしれない。


 しかしメリッサっぽい行動となると、二人を力ずくで終わらせる事しかアタシには思い付かない。そしてメリッサなら可能だろうが、マーガレットが似たような事をやったとして、悪化させる未来しか想像がつかない。その場合、帰るとメリッサからの執拗な嫌がらせを受けそうだ。


 しかし喝采が聞こえたということは、一応解決はしたのだろう。お願いだから悪化はしていないでくれと思いながら、集まってる人を掻い潜ってマーガレットの元へと向かう。


「あっ、ラナちゃん、解決させたよ!」


 マーガレットは「褒めて褒めて!」と私に駆け寄ってきて、握手している髭と筋肉を指差した。……どんな手を使ったのかはわからないが、本当に解決させたのか。しかも平和裏に解決させたのか、周りの人達はマーガレットに向けて「天使だ……」や「天使ッ……!」と口々に称賛を述べている。


「……アンタ、常日頃から酔っていた方が良いんじゃないの?」


「何言ってるほ? お酒の飲み過ぎは駄目だひ、そもそも私酔ってないひょ。そもそもお酒飲めない年齢だひ」


 コイツ。


「あー、はいはい。解決したなら髭と筋肉連れて帰るわよ」


「がっはっはっ、そう言わんと小娘も飲もうぞ! 我々の奢りだ!」


「私達も迷惑を掛けてしまったからな。どうだプラナス、君も一杯やっていかないか?」


「この筋肉と髭、懲りてないわね」

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