蜃気楼(4)
冷ややかな目をしているカーミリアさん。
「青見原学園の正装はしっかりしてましたね」
「こんな真夏に暑そうだったよね。よく顔色変えずに歩けるなぁ。こんな時に制服で出歩くと人が集まるから着なかったけど、暑いし、私も着ておけば良かった」
「マーガレット、アンタはさっき何を見てたのよ」
「えっ、何をって……ラナちゃんかな」
「気持ち悪い」
「酷いっ」
カーミリアさんとマーガレットちゃんのやり取りを見ていたレディちゃんは手をぽんと叩いて、「ああ、そういう事か。これは確かに警戒が必要だね」と納得した様子です。
「ええっ、レディもわかったの?」
「うん、一応マーガレットも惜しい所まで来ていたけどね。さっき通った青見原学園の皆は、真夏にこんなところを歩いて、服装は暑そうには見えたけど、本人達は暑そうには見えなかったんだよ。つまり、あの制服、もしくは正装の外套は魔導具なんだよ。僕らの制服と同じく、魔力さえあれば着ていても暑くない仕様の物ってこと」
「えっ、でもあれだよね? あっちの世界と繋がったのってつい半年前だし、それだけの魔導具を作れるだけの技術があっちにはあるってこと?」
「そう言うことだね」
「ほえー……すごーい……。闘技場の魔導具と同じくらい謎だね……。何処の世界も職人さんは凄いなぁ」
「マーガレット、思考停止してんじゃないわよ。それだけじゃないわ。アンタ達の所は教師があれだから聞いてないかもしれないけど、元々青見原学園はエレーナ共和国の最北西の会場で一回戦と二回戦をやってたのよ」
「最北西とはまたベタな嫌がらせだね……」
レディちゃんの言う通りです。青見原との繋がりが出来たのはアトラスの森、即ちリアトラの南部、そこからハルバティリスの西に隣接しているエレーナ共和国の北西に向かうと言うのは、かなりの移動距離があります。基本的に魔闘祭の組分けは無作為ではありますが、会場となるとある程度の配慮は可能な筈なのです。それを怠り、況してや一番遠い会場を割り当てるというのは配慮以前の問題で悪意を持って行われたのは明白です。
「彼方の世界以前に、此方の世界自体一枚岩じゃないんでしょうね。……それはともかく、最北西の会場で行われたら、通常通りの予定なら明日ここに着く筈なのよ」
「それはつまり、予定が前倒しになる程、早々に終わらせたって事、だよね」
レディちゃんの結論に、カーミリアさんは首肯します。
「確かにこれは、別世界の人達だし、どんな戦い方をするのかわからないし、優勝目指すからには警戒しておかないと。色々と教えてくれてありがとね、二人とも」
「ありがとうございます」
私達がお礼を言うとマーガレットちゃんは笑顔で「うん!」と頷いて、カーミリアさんは「別に」とそっぽを向いて、「そろそろ行くわ」と口にしますが、レディちゃんはそれを引き留めました。
「ねえ、カーミリアさん」
「何? ロッテン」
「ラナちゃんって呼んでも良い? 前も言ったけど、レディって名字じゃなくて名前で呼んで欲しいな」
「…………わ、わかったわよ……レディ……これで良い?」
頬を紅く染めて呟くカーミリアさんに、レディちゃんは抱き付きながら「はーい」と返事をします。……羨ましい。
「カタルパ、何よその目は……」
「ルーナもラナちゃんと仲良くしたいんだよ」
「……好きにすれば?」
「ラナちゃん」
「何よカタ……ルーナ……」
「はい、ありがとうございます、ラナちゃん。ずっと他人行儀な呼び方だったから、何だかちゃんと仲良くなれた気がします」
「……そう、アタシもありがと」
ラナちゃんは「今度こそ行くわ」と言って、ニヤニヤしながら「じゃあまたねー」と手を振っているマーガレットちゃんを引っ張って、行ってしまいました。
「ボクらはどうする? 眠気も飛んじゃったよ」
「レディちゃん、いつラナちゃんや司さん達と当たるのか、気になりませんか?」
「到着する事が知られているって事は、三回戦以降の組み合わせが発表されていても可笑しくないって事だもんね。じゃあ、ネアン先生の所に殴り込みに行こうか」
レディちゃんに「はい」と返して席を立ちます。本当は、後々話せる機会があるとしても、今すぐにでも青見原学園の宿を探して司さんと話をしたかったのですが、大会の規定で学校毎の宿は非公開となっている上に、そもそも宿に直接伺うのは禁止されている為、仕方ありません。
私達の宿に戻って、疲れた顔で申し訳なさそうにトーナメント表を差し出したネアン先生にちゃんと休むように促して、筒状の用紙を広げると、どうやらネクトと青見原とはどちらか一方と決勝でしか当たらない事がわかりました。
だったら、やることは一つです。優勝を目指せば司さんと話をする機会も訪れる筈ですから。
‡ ‡ ‡
まるでその剣戟は住んでいる時間が違う様だった。同じ地平に立っているとは到底思えない、そんな、長い刹那だった。そこに立っていた筈なのに、一切合切掴む事も許されず、己が得物が触れてしまえば、そうたらしめているその紫を奪い取れる筈なのに、届かない。
弾かれて、弾かれて弾かれて。どれだけの一を束ねて百にしても追い付けず、百を千にしてもその全てを掻い潜り、淘汰され、敵わなかった。アタシは、文字通り大敗したのだ。
嗚呼、これだからアタシは天才という人種が嫌いなんだ。
嘲う人が居た。どれだけ勢いがあっても、結局敗北するのだと、物知り顔をしていた。天才の威光に群がって、威張り散らすだけしか能の無い醜い人間と、それに感化されて馬鹿にすることしか考えられない憐れな人間。そんな有象無象も勝手に付いてくるから、嫌いなのだ。
それでも、泣いた人も居た。他人事なのにも拘わらず、まるで自分の事の様に悔しがって、十分凄い事だと称賛して、声が大きいだけの人間に憤慨して。そんな人が居ただけで、それを知る事が出来ただけで、アタシの敗北は価値のある物になった。
「またトレーニングするのー? 今日位ゆっくりしたら良いのに。本当にラナちゃんは脳筋だね」
「そう言うアンタは腹筋くらい割ったらどう? ウエスト気にするなら筋トレでもしなさいよ」
「べ、別に太ってる訳じゃないし! せめて今のサイズをキープしたいだけだもん!」
青見原学園の面子の偵察して、ルーナとレディと別れたアタシとマーガレットは、下宿先である《エグランタイン》へと戻ってきていた。
「あっ、そういえばラナちゃん、さっきあれがツカサちゃんって言っていたけどさ。本当に同一人物なの? 何か怖かったし」
「それも含めてあの二人と話してたのよ。例えばアイツの格好を真似て何か企んでるなら許せないって思う様な連中よ」
「脱獄の手引きする程だもん……。正直、肝が座ってるってレベルじゃないよね。でも、ラナちゃん、そんな人達に何も言わず出てきたら、そりゃ怒るよ」
「……身を以て味わったわ。本当に、物好き」




