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蜃気楼(3)

 けれども、人混みの向こう百メートルあたりでは色々な声が聞こえます。激励するような声、目にした印象を口々に呟く声、そして罵詈雑言。


「今時居るんだ、ああいう人。暇な人達だよね。何も知らないのに、それを恥じることもなく知ろうともせず、わざわざ馬鹿にするためだけに来てるなんてさ。私思うのよね、自分の価値観を赤の他人に見出だしたり委ねるなんて、つくづく愚かだなって」


 マーガレットちゃんは「私がそうだったから、言えるんだけどね」と自嘲するように呟きます。


 段々と賑わいが近付いてきました。私達も席を立って、向こうからやって来る人達へと目を向けます。


 まだ鮮明には見えませんが、どうやら制服の上から、魔闘祭での正装の外套を羽織っているみたいです。


 制服はこちらの世界のものとはあまり変わっているようには見えませんが、外套は独特で、袖は大きくゆったりとしているものの、裾は腰までしかなく、袖とは対照的に着丈や身幅は体格に合った大きさになっています。また、外套の柄はここら辺では見かけない模様が使われており、彼方の世界独特のものなのかもしれません。


 彼方の世界からやってきた人達はどうやら二列になって歩いてきている様です。付き添いの教師の姿は見受けられません。魔闘祭に参加するとはいえ、流石に魔法を教えられる大人は居なかったということでしょうか。それとも、恥ずかしがり屋だったり別の理由だったりするのでしょうか。


 そうこう考えている内に、賑わいの中心人物達は私達の近くに辿り着きます。どうやら、青見原学園の代表は人数不足な事もなく、定員の上限の七人の様です。


 一人目、身細で身長の高い、切れ長で細い目の男性。


 二人目、笑うと八重歯の見える、猫の様な目尻の女性。


 三人目、中性的な美しい顔立ちで華やかな雰囲気の、まるで男装の麗人のような男性。


 四人目、王都魔術学院前生徒会長である、白く長い髪の女性。


 五人目、見ているだけで元気が湧くような、屈託のない笑顔の女性。


 ……六人目、空色の髪で、幼い頃から知り合いだった少女の容姿にとても似ている女性。


 そして七人目、左目に眼帯をしていて、髪もあの頃よりも伸びているけど、それでも変わらない、半年前に毎日の様に顔を合わせていた、女性の様な顔立ちをした、男性。


「良かった……」


「うん、そうだね」


 思わず漏らした言葉に、レディちゃんは頷いて、私の肩を抱いてくれました。


 生きて帰ることが出来たという事を確認出来て良かった。もしかしたらこのまま一生会うことも無いとも思っていたから、それだけで嬉しかった。


 でも、やっぱりそれだけでは終わりたくは無くて、レディちゃんの「あっ」という言葉を後ろに、人混みを掻き分けて進んで行きました。


「司さん!」


 目の前を通るその人に、大きな声で呼び掛けます。……けれど、少し隈のようなものが出来てしまっているその人は、視線をこちらに向ける事もなく、まるで全くの別人のように、表情も一切変えずに過ぎ去って行ってしまいました。


 人々の盛況も移ろった所で、後ろから追い付いて来たレディちゃんは何も言わず、私の手を引いてくれました。




「何これ空気重くて無言とか気不味っ」


 私がカフェへと戻り、再び席に着いて暫くすると、マーガレットちゃんはそう言葉を洩らしました。


「盛大にフラれたものね、しょうがないわ」


「えっ、ルーナフラれたの? ドンマイ!」


「何でそんな事になっているんですか?! フラれてませんし、そもそも告白もしてません!」


 真顔で無い事を口にするカーミリアさんと、それを真に受けるマーガレットちゃんに反論して、落ち着くために飲み物を口に含みますが、すっかりぬるくなってしまっていて、あまり美味しくありませんでした。


「でも、あんな往来で大きな声で名前を叫ぶのって、中々に勇気の要る事だよね」


「レディちゃんも良い加減にしてください。怒りますよ?」


「ひっ、ゴメンナサイ」


「でも、ありがとうございます。皆のお陰で元気出ました」


 そればかりか、むしろ司さんに対して腹が立ってきました。無視した事とか、文句を言わずには魔闘祭は終われません。


「あー……ビビったぁ……」


「レディちゃんそれどういう意味ですか」


「何デモナイヨ!」


「それよりもアンタ達、アイツの右腕は見た?」


 何故か焦ったような表情をしているレディちゃんと私に、カーミリアさんが訪ねてきます。


「見たよ。確かに“有った”ね」


「ええ、私は近くで見ましたが、有りました」


 司さんの右腕は、あの時、亡霊によって奪われてしまっていた筈です。その証に、その際に一緒に亡くした左目には眼帯もしていました。


「ねえ、マーガレット、魔闘祭に持ち込めない物って知ってる?」


「えっ、そこで私に話振っちゃう? 蚊帳の外で一人悲しくジュースを啜っている私に振っちゃう?」


「アンタ魔飽祭の日、リアトラの王宮で牢屋に囚われてるヤツと話したって言ってたわよね? ソイツの話よ」


「えっ、まじで? どういうこと?! 意味わからないんだけど?!」


「詳しい話は後でするから、それでどうなの?」


「約束だよ? ……確か毒ガスの様な危険な薬物と、そもそも殆どの魔導具が禁止だったとは思うけど規定外の魔導具、魔力付加とか無しの状態で人が持ち運べない重さや量の物だったかな? もう少し色々決まりはあった気もするけど。まあ、基本的に魔闘祭で持ち込む物ってあんまり無いよね。契約武器でもない普通の武器は魔力付加してると殆ど効かないしさ」


「てことは、義手の可能性もあるってわけね」


 カーミリアさんは顎に指を当てて何か考えているようです。『可能性も』ですか。他の可能性があるならば、それあの日あの場でノスリちゃんが司さんに何かを施したという事しか、私には思い付きません。


 けれど、小さな傷を治すのとは違い、亡くしてしまった部位を元に戻すなんて、魔法では不可能です。出来るとすれば魔術、しかもただの魔術ではなく、“無い物を有る物にする魔術”となれば何らかの代価が必要になる筈です。


 ノスリちゃんも……先は長くありませんでしたから。あの日、アトラスの森で残っていた物は多分、そう言うことなのかもしれません。


「でもさ、マーガレット、持ち込むのも無しってのはそれはそれで困るよね。ボクみたいな契約武器が埴猪口で戦いに使えないような人間からしたら、剣なり棒なりでも持っていた方が、相手の近接武器を退けられる可能性もあって安心するかもだし。まあ、ボクは使わないけどさ」


「使わないの?! 良いこと聞いたけど!」


「そっちにはカーミリアさんが居るし、今更かなって」


「でもラナちゃん聞かないと教えてくれなそうだし」


「確かに」


 あははっと笑いながら身構えるレディちゃんとマーガレットちゃん。構えるなら言わなくても良かったんじゃ……。


「まっ、今考えても意味無いか。でも魔闘祭の代表としては、青見原学園は警戒した方が良いかもね」


「ラナちゃんが怒ってこない……?」


「天変地異の前触れかな?」


「アンタ達揃いも揃って変な趣味にでも目覚めたの?」

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