蜃気楼(2)
「勿論覚えてるよ! 久しぶり! カーミリアさんもね! 同じ位久しぶり!」
「うっ……」
レディちゃんにしては珍しい黒い笑顔に、カーミリアさんは気不味そうに目を伏せ、少し間を空けた後に「そ、そうね」と呟きました。無理もありません、カーミリアさんは誰にも何も告げずに出ていこうとしたのですから、心配もします。そしてカーミリアさんの方も顔を合わせづらいのも、当たり前です。
「あれ? ラナちゃん知り合い?」
カーミリアさんを空いていた席に座らせたマーガレットちゃんは、自身も椅子に腰掛けながら、私達の空気を察してそう問いかけました。
「そうそう、ボクらは知り合いも知り合い、何ってったってクラスも同じで仲良しだったもんねぇ、ラァナァちゃぁん?」
「……悪かったわよ、何も言わずに出てって、その挙げ句こんな所で再会なんて、無様でしょう。嘲笑も甘んじて受け入れるわ」
「ちーがーうー、ボクは君の事を友達だと思っていたんだよ。そりゃ、全部が全部言う必要はないけど、少し位は相談して欲しかったんだよ。出ていくにも、せめて何か言ってほしかったんだ。……友達だったからこそ、君の力になれたかもしれないのに、なれなかった自分が嫌になるんだ。ねえ、ボクらは力不足かい……? 気持ちを吐き出す相手としても、使えない存在だったのかな?」
カーミリアさんはレディちゃんに頬を引っ張られ少し驚いた表情に、言葉を聞いて浮かない表情をしていましたが、段々と、最初は合わせなかった目をレディちゃんに向けて真っ直ぐ向けるようになっていました。
「……アタシ自身、もう会う事が無いだろうって思ったのよ。だから合わせる顔も無くなるのは承知していた。それに、アタシが何か相談でもしたら、アンタ達無理を通そうとするでしょ? 流石にアタシも…………アンタ達を危険な目に遭わせたくなかったのよ」
「そっか、ありがとう。言ってくれて。カーミリアさんを好きなのは、ボクらの一方通行じゃなかったんだね!」
レディちゃんは「良かった!」と笑って、引っ張っていたカーミリアさんの頬をふにふにと揉み解します。もし、ここで私達が再会していなかったら、このままお互いにすれ違ったままだったかもしれません。
「カタルパも。その……今度は頼る……かも」
「はい、私で良ければ喜んで! それに、勿論私も好きですからね」
「……ありがとう」
そう小さく呟いて、レディちゃんの両手から逃れたカーミリアさんはそっぽを向きます。心なしか耳がほんのり赤く染まっていて、何だか同じクラスだった時の事を思い出して懐かしい気分になってきました。
「ふふっ」
「何が可笑しいってのよ、カタルパ」
「ボクらはカーミリアさんを見ていたら微笑ましくなっちゃうんだよ、ねールーナ」
「はい、とっても穏やかな気持ちになります」
「むぅー……仲間外れは良くないと思うんですけどー。今の学校の親友も居るんですけどー。頼ってくれても良いんですけどー」
「アンタは無理。贅沢言うんじゃないわよ、マーガレットの癖に」
「ラナちゃん私で憂さ晴らししてない?! どちらかと言えばそこは感謝するところじゃないの?!」
「相変わらずだねー、カーミリアさんは」
「いつも通りだったの? この理不尽が!? ……ラナちゃん、こっちに来て丸くなってたんだね……」
「その無駄に優しい眼差しは止めなさいよ」
「カーミリアさん……色々あったんですね」
「アンタは愉快になったわねカタルパ」
最初はもっと絵に描いたような真面目な生徒だと思っていた、カーミリアさんは呆れたように口にします。でもその際に浮かべた微笑みは、何だか大人びて見えました。
「あっ、そう言えば二人ってハルバティリスの人で良いんだよね? 今日はどうしてここに? 観戦しに来たの?」
「マーガレット……アンタってひょっとしなくても馬鹿?」
「酷いっ! ちょっとは馬鹿じゃないって思ってくれてても良いじゃん!」
「王都魔術学院に通っていたアタシと同じクラスだった頼れる人間が二人も、しかもこんな所に今日居るのよ? そんなの、これからやって来るやつらの偵察に決まっているでしょ」
「……成る程、同じ目的だったんだ。ラナちゃんが私に起こす手伝いを頼むだけの価値はあるって事だね。欲を言えば、鍛練ばかりしてないで、もっと早く寝てラナちゃんの髪を整える時間も欲しかったけど」
「……それは悪かったわ」
私とレディちゃんは目を見合わせますが、レディちゃんも何が何やらわからないみたいです。一方、私達を置いてきぼりに、二人して何やら納得している様子。
「……あの、偵察って何ですか?」
「「えっ」」
私が訊ねると、全く同じ反応のお二人。二人は向き合って、暫くすると、カーミリアさんはそっぽを向きます。 対照的にマーガレットちゃんはほくそ笑みました。
「ラナちゃん……アンタひょっとしなくても馬鹿?」
「――ッ!!」
どうやら、自信満々に口にしていた予想が外れていたようです。マーガレットちゃんはカーミリアさんを指差して笑い声を上げ、カーミリアさんはマーガレットちゃんを睨んでいますが、何も言い返せないようで歯を食い縛っています。
「それで、偵察って何なのさ? 何だかボクらにも得になるような事に聞こえたけど?」
「本当に二人とも知らなかったんだ……。でも二人ってラナちゃんの予想通り代表なんだね」
「こ、こっち見んじゃないわよ」
「その通り。別に聞かなくても、このままここに居たらわかるとは思うけど、ボクらとしても先に知っておいて損はないし、それに今更でしょ。ボクらも代表だって教えたんだしさ」
「教えたと言うより、認めと言った方が正しいですけどね」
「まあ、教えた所で変わるものじゃないしね。私としては教師から何も聞いてないって方が驚きだけど」
「えへへ、返す言葉もないよー」
そう言えば、一部の先生はリアトラに戻ったり、戻らなかった先生方は先生方でバタバタしていたりで、一回戦突破以降あまり話も出来ていないですね。ネアン先生は謝ってはいましたが、「まっ、お前らなら大丈夫だろ」とも言っていましたけど……。
「そっちは相変わらずみたいね。まあ、急な話だったし、仕方無いか」
溜め息混じりにそう口にするカーミリアさんは気のせいか、さっきまでの柔和な雰囲気から打って変わって、真剣な眼差しをしているようにも見えます。
「……カタルパ……アンタ、魔闘祭で気になる学校ってあるでしょ?」
「私……ですか?」
どうして、私に訪ねるのでしょう。
「あると言えば……ありますけど……」
「来るのよ、これから」
「私はまだ」
何も言っていないと、言おうとする私を遮って、カーミリアさんは淡々と告げました。
「青見原学園が」
カーミリアさんは「ほら、噂をすれば。もうそろそろ来るみたいよ」と道を指差します。これまでも賑わっていた通りの人の量が、私とレディちゃんがやって来た時よりも一層増えており、座っていると道の真ん中は見えません。




