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蜃気楼(1)

「ねえ、ルーナ! デートしようよ!」


 朝っぱら。慌ただしく宿の私の自室にやってきたレディちゃんは、私に抱き付いて開口一番そう誘い掛けてきました。


 今日は魔闘祭の三日目。今日と明日の二日間、即ち三日目と四日目は、一回戦、二回戦を勝ち上がった学校の生徒達が三回戦以降の会場へとやって来る為と、移動後の休息の為の期間として設定されています。


 ですが、私達王都魔術学院は運が良いことに、三回戦以降の会場であるネクトで一回戦、二回戦が行われた為、今日、明日は休みです。


「レディちゃんは元気ですね。私は昨日は結構気を張っていたので、それがまだ抜けきれてなくて」


「ユーリ君が急用で学園長と抜けたもんねぇ。まっ、そこは三回戦には間に合わせるって言っていたから大丈夫なんじゃないかな? それに、ボクの長所は切り替えが早いところだからさ! というわけでデートしよ!」


 試合は登録している中でなら、人数が少なくても出場は出来ますが、少ないとやはり不利になってしまいます。どうも私は心配性で、昨日の二回戦は勝てましたが、何が起こるかわからないという事もあって変に力をいれてしまっていて、それが今も糸を引いてしまっているようです。悪癖、ですね。


 それを察してくれたのか、レディちゃんは気分転換に私を誘ってくれているのかもしれません。


「デートって言ってますけど、他の人は誘わなかったんですか?」


「誘ったけど、皆休日は昼まで寝る人達みたいでさ。ルーナは休日も優等生だなぁ。……柔らかくて大きくてでも形は良くてここも優等生……」


「変な所を触らないでください! 行きますから、準備しますから一旦離れてください!」


 私の胸に顔を埋めようとしてくるレディちゃんを引き剥がして、準備を始めます。


 ……それにしても意外でした。皆さん朝はあまり得意では無いんですね。コーチさん辺りは飛び起きそうだと思ったのですが。でも、たまにはこういうのも良いかもしれませんね。





「お待たせしました」


 準備を終えた私は、レディちゃんと一緒に宿を出てネクトの街へ繰り出しました。


「朝なのに凄い賑わいだねぇ」


「そうですね。凄く活気に溢れています」


 朝のネクトの街は、こんな時間帯にも拘わらず、色々な人々の声も聞こえてきて、リアトラでの朝よりも人の量が多いです。商っているお店の数も多く、流石の商業の国なだけあります。


「でも、依然来た時より今の方が賑わっている気がします」


「あれ? ルーナは来たことあるの?」


「ええ、小さい頃ですけど。多分、魔闘祭の影響もあるのかと」


「なるほどねぇ。ボクは初めてだからこれが普通だと思っちゃったよ。流石に毎日これだとお店の人もてんてこ舞いで倒れちゃうよね」


「お家が喫茶店のレディちゃんらしいですね」


「ある意味ボクもこっちの国っぽい思考の人間かも」


「きっと、レディちゃんは何処でも上手くやっていけますよ」


「あれ? ボク口説かれてるー? でもルーナみたいな可愛い子なら大歓迎! 口説いて無くてもルーナは誰にも渡さないけどね!」


 レディちゃんは私の肩に腕を回して引き寄せながら、「すみません、それ一本ください!」と露店の店主に話し掛けています。話ながらお店を吟味していたとは、器用ですね。……ちゃっかり一本おまけして貰っています。


「おっちゃんありがとー。さっ、ルーナも一緒に食べようよ」


 そう言って、レディちゃんは串に刺さったお肉を私に差し出してくれました。私も店主の方にお辞儀してからそれを受け取ります。……良い感じに焼き目が付いていて美味しそうです。


「早速おまけしてもらうなんて幸先良いなぁ。おっ、味もイケる」


「レディちゃんの人柄の賜物だと思いますよ。……確かに、香ばしくて絶品です……!」


「またまたぁ、ルーナは上手だねぇ。そんなこと言われても何も出ないよ。それにしても、朝からガッツリお肉っていうのは何だか贅沢してる気分になれるね!」


「はい、思わず食べ過ぎてしまいそうです」


 道に沿って犇めき合うお店はどれも魅力的で、五感を刺激しながら誘惑してくるので色々と目移りしてしまいます。……これは自制心を強く保たないといけませんね。





「うぅっ……食べ過ぎてしまいました……」


 もうすっかりお腹一杯です。食べ過ぎないように気を付けようと考えていた筈なのに、レディちゃんと一緒にお店を回っている内にすっかり忘れてしまっていました。


「いやぁ、普段中々触れられない文化に触れられるって良いねぇ。殆ど食文化だったけど……」


「……はい、とても美味しかったです……」


 時刻はもうそろそろお昼になる頃合いです。歩き疲れ食べ疲れで、私達はカフェのテラス席で休憩していました。とはいえ、日除けの大きな傘のお陰で大分マシにはなっていますが、季節が季節なので汗が滲みます。時間帯の事もあって涼みに来ている人も多く、こればかりは仕方がありませんね。


 レディちゃんは食べ歩きしている時にはしゃぎ過ぎたのか、強くなる陽射しに体力を奪われたのか、変な唸り声を上げながらテーブルに突っ伏し出しました。


「ふふっ、お昼寝ですか?」


「もうちょっと涼しかったら最高のお昼寝日和なんんだけどねぇ。でもあんまり動きたくないなぁ。ボクから誘っておいて、その上、振り回すみたいでごめんね」


「いえいえ、午前中に結構歩いたので、私もゆっくりしていたい気分です」


「ルーナマジ天使、尊い……」


 レディちゃんが時々何を言っているのかわからない事もありますが、喜んでくれているようで何よりです。正直、私もこの陽射しの中を歩きたくはありませんしね。


 そんな風に休日のお昼をゆっくり贅沢に過ごしていると、突然道行く人の中から「あーっ!!」と大きな女性の声が聞こえてきました。その声にいつの間にか寝息を立てていたレディちゃんも顔を上げます。


 人混みの中からは「ほら、こっちこっち」と同じ声の主が誰かに呼び掛けている声も聞こえます。そうして暫くすると、私達と同年代の二人の少女が人混みを掻き分けて出てきました。


 一人はクリームのような明るい茶色の髪がふんわりとウェーブを描いている、菫色の瞳をした少女で、もう一人の少女の腕を掴んで引っ張りながら此方へ向かってきます。


 引っ張られている方の少女は、先導する少女とは対照的に、珍しく気の強そうな金色の瞳を伏し目がちにしており、心なしか側頭部で纏められている筈の鮮やかな桜色の髪も乱れているように見えます。


「久しぶりー、ルーナとレディだよね! ハルバティリスの王宮以来だね、覚えてる? マーガレットだよ」


 菫色の瞳をした少女は、私達に向かって、にこやかにそう言いました。


「はい、お久しぶりです。マーガレットちゃん」


 意外な所で再開したのは、忘れもしない半年程前の魔飽祭の時に王宮で出会った同年代の少女です。そしてもう一人の少女も私達と同い年で、よく知る人でもありました。

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