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桜白舞(15)

「アタシは気にしてないわ。……ただ、二度同じ轍は踏まないつもりよ」


「ラナちゃんって中々に負けず嫌いだよね」


 何も無いと装っているけど、黒い笑いを浮かべているラナちゃん。これ結構気にしてるよね。あまりこの話は持ち出さない方が良いかな。話題を変えた方が良いよね。


「でも、強いのは知っていたけど、そんなに強かったんだね。…………あっ」


 やってしまったぁ! 今まで話を合わせてきた事で培われた、思ってなくても話を膨らませてしまう私の悪い癖! お店のおばちゃんとの世間話には使えるけど、今は要らないのに! いや、何と言うか、ラナちゃんの勝ち方は派手で、その圧倒的な印象が先行して、負ける姿の想像があまり付かないから、決して思ってなかった事では無いんだけどさ。


「『あっ』って何よ、『あっ』って」


「いや、その、何ていうか、ですね? ラナちゃん……気にしてるかなって……」


「ッ! さ、さっきも言ったけど、気にしてないわよ! ………………って言ったら嘘に……なる……」


「えっ? えぇっ!?」


 ら……ラナちゃんが……素直……だと……?


「ど、どどどどうしたの? ラナちゃん変なものでも食べた?!」


「食べてない! 何でそうなんのよ!?」


「いや、だって急にしおらしくなって、女の子みたいだったから」


「みたいじゃなくてアタシは元々女よ!」


「ごめんごめん。でも珍しい反応だったから」


「……確かに、珍しいのは自分でも認めるわ」


「ラナちゃん……熱でもあるの……?」


「アンタ二度寝したいって言ってたわよね?」


「ご、ゴコゴ……ゴメンナサイ」


 笑顔が怖い。泣きそう。でも何故か安心してる私が居る。ラナちゃんは溜め息を吐いて、「冗談よ」というけど、全く洒落になってない。


「話を戻すけど、ちょっと気になることがあってね。……アンタ、全く違う見た目で、同じ能力の契約武器って見たことある?」


「うーん、同じ能力かー……見たことは無いかなぁ。姉妹剣みたいな物なら似通う事もあるけど。ある程度近い能力なら、あっても不思議じゃないとは思うよ? 何か気になる事でもあったの? ラナちゃん」


「……そうね。簡単に説明するとすれば、知り合いが《王権》と全く同じ能力――属性強化の補助と強化、属性強化の合成と、加えて武器自身に属性強化を纏わせるって能力の武器を持ってたのよ。見た目も全然違ったから気になって」


「えっ、そんなの王子様の武器の強化版じゃん。私もあの豪快な戦い方やってみたい」


 ラナちゃんは「使い手はへなちょこだったけどね」と口にして微笑む。……優しい表情だ。ちょっと妬けちゃうけど、きっと、その使い手の人とは良い友人だったんだろう。


「まっ、契約武器の種類も沢山あるし、似た能力を持ている武器の使い手が同士が偶々アタシの知り合いだっただけなのかもね。ありがと、アタシの考え過ぎだったのかもしれないけど、助かったわ」


「いえ……いえ……」


 ……ラナちゃんがとても素直にお礼を言った……。本当に、今日はラナちゃんに一体何が遭ったんだろう。ここまで来ると逆に怖い。


「それと、あの戦い方はアンタには無理よ。属性を混ぜられるクセに、雷の属性強化だけで戦う理由を訊いたら『僕はこれだけの方が強いので』ですって」


「むぅ……それ位言われなくてもわかってるよ。言うだけはタダだし。ラナちゃんも対抗心燃やしてるじゃん。これも対抗心の表れみたいなものだよ」


 悔しい。でもしっくり来る。……こんな風に感じる様になっている私も、それはそれで何か大事な物を失って、変な方向に行きつつあるような気がしないでもない。


「でも、王子様って凄いね。普通に考えて、混ぜれば属性強化で得られる特性も増えるから手軽で強い筈なのに、わざわざそれを捨ててるって事は、“混ぜてない時の方が完成度が高い”って事だよね」


 混ぜる必要が無いのか、混ぜるのが苦手なのかはわからないけど、それは別として、少なくともラナちゃんに勝てるだけの力を持っている事には変わりない。


「ええ、アイツの〝雷鎧〟は普通のそれとは次元が違う。歩いている時間が違った。勝つにはそこをどうにかする必要があるわね。相性としてもアタシが不利だし。まず、攻撃が当たりにくい上に属性強化は強固、あれを何とかしない限りは勝てそうにないわ」


 気付けば武器の話から、どうすれば王子様に勝てるかという話になっていた。相変わらずだ。でも、ラナちゃんの武器は魔法の技能でも魔力量でも無くて、こういう所なのだろう。以前、私はラナちゃんを羨んだ事があった。その時ラナちゃんは『アタシには別に才能なんてなかった。アタシからすれば、アンタの方がよっぽど才能があるわ』と言っていた。だからこそ私は、ラナちゃんが好きで、尊敬しているのだ。


「…………ッ」


 だからこそ――――。


「えっ、ちょっとアンタ、いきなりどうしたのよ?!」


「……なんでも、無いよ……?」


 いつも堂々としているラナちゃんが珍しくあたふたとしている。何だか可笑しくて笑い声が洩れた。私を見ているラナちゃんは今度は呆れたような表情をした。


「はぁ、相変わらず泣いたり笑ったり忙しいヤツね」


 どうしてだろう。ずっと誇らしいとさえ思っていたのに。今さっきまでそう思っていた筈なのに。何故、今更になって悔しくなってきたんだろう。喉だって渇いているのに。どうして、涙は止まってくれないのだろう。


 ……わかってる。本当はわかっていた。だから涙が溢れてきてしまうんだ。


「ごめん、ラナちゃん」


「何よ、急に。アンタが泣き虫なのは今に始まった事じゃないじゃない。それに、アタシはアンタに謝られるような事されてないわよ」


「ううん、違うの。私、折角ラナちゃんに応援してもらっていたのに、勝てなかった」


「そんなのお互い様じゃない。アタシもアンタも仲良く同じ相手に負けた。まあ、アタシもアンタに謝っちゃったから、でかい口叩けないけどね」


 やっぱり優しい。ぶっきらぼうですぐ頭に血が上って、負けず嫌いで、素直じゃなくて。でも彼女は凄く優しい女の子で。凄く危うさを感じる女の子でもあった。


 だからこそ。


「私、悔しいよ。最後の試合、私にしてはよくやった方だと思う。自分でもそう思う。でも私は、ラナちゃんの側に居たかった。頑張ってるラナちゃんの側に居れば、私も一緒に頑張れる気がした。憧れのヒトを、ラナちゃんをずっと近くで見ていたかったの。だから……ごめんなさい、私ラナちゃんの力になれなかった」


 駄目だ。涙が溢れる。目を拭ってすぐに視界がぼやけてしまう。私の何処にこんなにも無駄に出来る水分があったんだろう。私は本当に泣き虫だ。


 私が泣いている間、ラナちゃんは何も言わなかった。


 漸く一段落ついたところで、滲んだ視界を指で拭うと、今度は明瞭になってくれた。


 綺麗になった視界でラナちゃんを見ると、顔を赤くしてそっぽを向いている。心なしかその表情は戸惑っているようにも、困惑しているようにも見えた。


 そして、何故か気まずそうにしている。


 んん……? 時計の針の音だけの時間が流れる。


 んんん? ここでやっと自分の犯したミスに気付く私。

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