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桜白舞(14)

「〝ウォート・プリズン〟」


 それならばと、直ぐ様、剣に触れている所で、水の檻を生み出す魔法を発動する。同時に、私の後ろに控えさせていた《ソフィア=カサブランカ》から杭の付いた鎖を伸ばして逃げ場を無くし、剣諸共、搦め取って、動きを封じにかかった。


 水の牢檻から逃れようとすれば鎖と杭に捕らわれる。しかし、何もしないなら水に拿捕される。さあ、どう動く。


 それに対して、王子様の対応は単純だった。


「《王権コロナ》!」


 王子様は、彼が持つに相応しい武器の名前を口にする。騎士の甲冑の様だった属性強化は、呼び掛けに応じて、その紫電を更に迸らせる。


 そうして、振り払うでも無く、逃れるでもなく、彼は文字通り“私の魔法を吹き飛ばした”。


「ぅぐっ……」


 私は魔法を吹き飛ばされた際の衝撃に、耐えられず少し後退ってしまう。思ったよりも衝撃も強くて右腕の属性強化も剥がされてしまった。だが、まだだ。


 再び属性強化を纏い直し、後ろに引いた右足を、体勢を保つために踏ん張ろうとする。しかしその瞬間、目の前に紫電の騎士が現れた。


「マズ――」


 またしても、相手に懐を許してしまう。わかっていたけど、その速さは圧倒的だった。



「――いとでも、言うと思ったか!」



 でも、私だって何の策も用意していない訳ではない。元より反撃を受ける事は百も承知。だから私は、体重を掛けていた右足の力を抜いた。


 何の為に《ソフィア=カサブランカ》を後ろに控えさせたか。離しておくのも得策ではなかったのも事実だけど、全てこの瞬間の為だ。


 端から相手の速度に付いていくつもりは無く、付いていけるとも思っていなかった。だから、先を読むことにした。普段、先を読むなんて私には難しい事だったけど、良くも悪くも相手が良かった。羨ましい事に、相手は退路を絶ってしまっても、きっと自分で切り拓ける人だったから。


 自身の体を重力に任せる。頭上を数十本の杭と鎖が通り過ぎた。幾ら速くても、この距離でこの本数は捌ききれないだろう。


 金属音が激しく響く、鎖の破片が飛ぶ。私は持てる魔力を《ソフィア=カサブランカ》に送り込んで、杭と鎖を作り続ける。王子様が反応出来なくなるか、私がバテるのが先か。


 私が《ソフィア=カサブランカ》の足下を通って、這って移動出来る分だけの時間は、甲高い音は続いた。その音が止んだのは、私が《ソフィア=カサブランカ》を支えにして立ち上がった時だった。右足は完全に痛めてしまったようで、上手く踏ん張る事が出来ない。


 ……そして私の敗北だった。気付けば鎖の量は減っていて、気付けば三度、宙を舞っていた。全身にほぼ同時に痛みがやって来た。ただ、わかったのは一瞬の内に複数回斬りつけられたという事だった。


「《ソフィア=カサブランカ》……」


 私と一緒に横たわる武器を呼ぶ。綺麗だった白い翼も、私と同じくボロボロで、泥だらけだった。《ソフィア=カサブランカ》は立ち上がってくれた。その手を借りて、私も何とか立ち上がろうとするけれど、駄目だった。


 朦朧として、ぐるぐると回る視界でも、王子様の姿を捉える事は出来ていた。出来ていたのに。王子様もボロボロで、格好良いのには変わりはないけど、肩で息をしていて表情は凛々しい。折角、ここまで追い詰める事が出来たのに。


 審判役の先生が私の様子を見て、勝者の名前を口にしようとする。まだ、私は負けていないのに。まだ、やれるのに。まだ、ラナちゃんと同じ所へ辿り着けていないのに。嫌だ。嫌だよ。


「勝者――」


 意識が肉体から離れて行く。お願いだよ、先生。待って、私は負けていない、だからまだ終わらせないで。私はラナちゃんを側で見ていたいのに――――!!


 意識を失う直前、最後に見えたのは、《ソフィア=カサブランカ》から、今までとは比較にならない量の鎖が溢れ、王子様を呑み込もうとしている光景だった。




   ‡  ‡  ‡




「何か凄い夢見たんだけど」


 目が覚めるといつもの見慣れた自分の部屋に居た。何だったんだろう、あの限界突破しちゃった感じの夢は。あっ、夢か。流石に私なんかがあんな事出来るわけないよね!


「さて、二度寝しよう」


「寝るなッ!」


「えぇっ!? 何で……ってラナちゃん……? どうしたの? あと、おはよう」


 私のベッドの側には、置いた覚えの無い、木で出来た小さな椅子が置かれていて、その隣でラナちゃんは顰めっ面をしながら仁王立ちしていた。


「アンタ、あれだけ寝ておいてまだ寝るつもり?」


「あれだけ……?」


「試合から日を跨いで丸々二日間、アンタはずっと寝てたのよ?」


「えっ?! 嘘っ!?」


 窓から外を見る。辺りはすっかり真っ暗で、私の試合が終わって少ししか経っていないと言われても不思議ではないけれど、でも確かに体は重たくて怠いし、頭もぼーっとして痛い。起き上がれはしても上手く歩くのは難しいかもしれない。声も少し掠れて出にくい。それに、気付いたのは今更だけど、見慣れない医療用の魔導具まで置かれている。ってことはあれは夢じゃ無かったんだ。


「……あれ? 試合は?」


「終わったわよ。アンタの負け」


「わかってるよ! いや、そうじゃなくてラナちゃんの!」


「アタシ? …………負けたわ。優勝は出来なかった」


「えっ、決勝まで終わったの? 早くない? てか負けたの?! ラナちゃんが!? 誰に!?」


「煩い。アンタも目を覚ましたばっかなんだから、もうちょっと落ち着きなさい。メリッサ呼ぶわよ」


「ごめんなさい。お姉ちゃんだけは勘弁して……」


 あの人はこういう時、何故か無駄に顔とか体とか触ってくるし、騒がしいから嫌なんだよね…………あれ? お姉ちゃんそっちの気が……? いやぁ、まっさかぁ。


 けど、それはそれ。今はラナちゃんの試合についての方が重要だ。昨日までに決勝が終わっているってことは、全体的に試合が早く終わって、前倒しになったということだ。予定なら今日だったし。勿論伸びることもあるみたいだけど、基本的に長時間の試合はそこまで多くはないので、あまりそういった事は起こらないらしい。


「でも言われてみれば試合が早く終わる理由に心当たりはあるなぁ」


「何? アタシ? 言っておくけど、アタシだけじゃないから、予定が前倒しになったのよ」


「…………王子様も居たね。私ラナちゃんの事で頭一杯だったから、忘れてたよ」


「……悪かったわね、変なこと思い出させて。でも、同じよ。アタシもアイツに負けちゃった。優勝する、みたいな事を言ったのに」


「いや、そんな。私こそ思い出させてごめん……」


 王子様との試合はずっと防戦ばかりで、自分との実力差を実感した。でも、逆にあれだけ出来たのが奇跡みたいにも思えて、悔しい事は悔しいんだけど、少し誇らしさもあるのも事実だ。

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