あれから(1)
あの日からもう随分と時間が経ってしまった気がする。
少し寒くて、雪も降っていたあの日、最後に笑顔を見せた彼は無事逃げる事が出来たのだろうか。
彼と出会ってから色々な事があった。僕が僕として生きる勇気をくれたのは彼だった。友人と呼べる人達と結び付けて、切っ掛けもくれた。
でも、そんな矢先に色々な物が奪われて。
こんな僕に対して何年も変わらず接してくれていた人も、お礼なんて言う暇も無く奪われてしまった。
もうこれ以上、自分の力が及ばないせいで何かを失うのはうんざりなんだ。
だから僕らは、強くなる事を決意した。
‡ ‡ ‡
「それでは頼んだよ」
「……はい」
雲一つ無い空の元、強い日射しを浴びた風は、窓を通って大きな机に肘を突く麗人の、紫色の長い髪を揺らす。
「どうした?」
「……本当に僕らで良かったのか、わからないんです。そもそも、“僕ら”であった必要があったのかも」
「以前も言っただろう。貴様だけでは駄目で、貴様が居なくても駄目で、貴様達でないと駄目だとも。貴様はあの子を守りたいのだろう? 推薦枠に彼女を選んだのも、彼女の為で、生徒達の為でもある」
「それはわかっています……わかっていますが」
「このハルバティリス王国は他国とは違って少々特殊なのは理解しているな? 故に唯一魔法を教える我が校へは様々な人種が集まる。庶民的な者も居れば、貴様のように貴族出身の者だって居る。そんな所で生徒会長を務めるというのは、少々荒っぽい言い方になってしまうが、様々な思想を持つ人間を黙らせる為の実力と、悲しい事にそれなりの家柄も必要だ」
そこまで言うと、一度「だろう?」と彼女は僕に確認を取り、僕はそれに「心得ています」と短く返す。
「残念ながら、現生徒会長は貴様らのように貴族出身では無い。かと言って実力の無い者に任せては生徒会長が嘗められてしまう。……プラナスであれば、もしかしたらそうする必要はなかったのかもしれないが」
プラナス=カーミリア。高等部一年時にして、王都魔術学院歴代最強の実力との呼び声が高かった少女。そんな彼女であれば、例え家柄が無くとも、誰であろうと有無を言わせたりはしなかっただろう。
とは言え、彼女の性格を考えると、生徒会長なんて役職を到底引き受ける筈は無いんだけど、きっと彼と……ツカサ君と出会って変わりつつあった彼女であれば、今頃生徒達から担ぎ上げられていても可笑しくはなかった。
「話は少し逸れてしまったが、現生徒会長を補うのには、家柄もあって実力がある人間が必要だった。その点貴様達二人ならば、条件を満たしている上に、比較的生徒会に組み込むに当たって、人間関係も良好で最適だったのだ。それに生徒会は実質この学院でのトップの組織だ。貴様の考えとだって噛み合っているだろう?」
「……僕が望んでいても、彼女が望んでいるのかはわかりません」
「護るとは……そういう事だ。自分を持てるようになったのは良いが、貴様は毒され過ぎだ、甘い」
「そう……ですよね」
「だが、甘さを全て忘れてもいけない、甘さを全て忘れた人間は兵器と何ら変わらない。……私の師匠の受け売りだがな。任せたぞ、副会長」
「心遣い感謝します、ルイス=エバイン学園長」
学園長室を後にして、渡された書類を脇に抱えた僕は、階段を下って、さっきまで居た部屋と負けず劣らずの大きさの扉を潜る。
「ごめんなさいね、わざわざ取りに行かせちゃって」
そうして生徒会室と書かれたプレートのある部屋に入るやいなや、部屋の一番奥に座っている人物からそう声を掛けられた。
「気にする必要はないよ、君だって大変なんだし。魔闘祭が控えているんだから夏休みに入る前に大体終わらしておかないと。僕は君をサポートする役目だからね」
「アラアラ、頼もしいわね」
言葉遣いに不釣り合いな野太い声を発する筋肉質で大柄な僕の友人は、手元の書類の量に疲れなんて見せない目元に長い睫毛の伴う瞼を片目だけ合わせて、僕に向けて瞬きをする。……早く誰か来てくれないだろうか。
そんな願いが通じたのか、二人きりで何処と無く居心地の悪かった生徒会室タイミングよく生徒会室の扉が開かれた。
「す、すみません……少々手間取っちゃって……」
「いやー、困っちゃったよ。ルーナちゃん凄い人気でさー」
「レディちゃんも人の事言えないだろ……」
扉から入ってきたのは僕と同学年の二人の女子生徒と一人の男子生徒。一人は封筒に入った書類を両手に抱えて何処か泣きそうな表情をした書記の少女、もう一人は飄々とした雰囲気で楽しげな笑顔を浮かべている会計の少女、最後の一人は疲れた様子で背中を曲げてとぼとぼと入ってきた庶務の少年。
其々に別々の、ちぐはぐな表情を浮かべる彼ら彼女らは前年度同じクラスで、今年は三人共同じクラスにはならなかったものの、相変わらず仲が良い。
「だから僕がついでに回収してくるって言ったじゃないか」
「つーか、俺だけ行った方が良かったよな……」
「まあまあ、一応部活の申請書類は全部集まった事だし、今更気にしない。ルーナがてんやわんやしているのを見ているのも面白かったしね」
「すみません、私のせいで……」
冗談に対しても真面目な彼女は表情を曇らせるが、それを見ていた生徒会長は立ち上がって、貰いたてホヤホヤの部活の申請書類を受け取りに行く。
「謝らないの。ワタシ達が見誤っちゃっただけよ、貴女の人気を、ねっ!」
「まあ、ボクが居る限りルーナは誰にも渡さないんだけどね!」
「レディちゃんも勧誘されてたのによくそんな元気でいられるよな……」
「ふふん! ボクの受け流しテクを嘗めてくれては困るのだよ!」
今となっては見慣れたこの光景は、かれこれ一ヶ月になる。例年通りなら、もう少し見慣れなかったりするのだろうけど、今年は色々とどたばたとしてしまったせいか、一日一日が濃厚だった。
それは勿論、今から約五ヶ月前の出来事だって関係している。
二日間。魔飽祭とその前日から、色々な物が瓦解して、変化した。一日目はかけがえのない命達がたった一人に奪われて、二日目に世界その物の在り方が変わった。
影響があったのは、どちらかといえば後者の方。この学校の生徒が死んで、恐れて減った影響は微々たるものでしかない。世界ってものは伝説の通り二つあった……それだけだけど、たったそれだけの事実が人々に深く影響を及ぼした。
簡単に言ってしまうと、ある日突然世界が二つになったというのは、ある日突然隣国が増えたということだ。
このハルバティリス王国は、比較的早くその隣国へ対応を行ったため、他国に比べるとまだ影響が少ない方ではある。しかしそれでも少なくとも僕らが忙しさに辟易する位の影響はあった。