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桜白舞(11)

 薄情だって英雄には憧れたりするし、恋愛物だって、王子様だって夢見てる。それが普通だと思う。そしてそれが私だ。普通の人間、それがマーガレット=リタ=アルダートンなんだ。


 だから。


「ありがとう」


「はぁ?」


 私が私と向き合う場所を作ってくれて。


 なので、敬意を持って、全力で打ち倒します。


「〝ディレクト・ブライズ〟」


 私が魔法を発動すると、真っ直ぐな紫電が五芒星の魔法陣から放たれた。それは相手が作った土壁を壊しながら進むが、すんでの所で相手の持っている棍棒によって打ち消されてしまう。


「まだだよ!《ソフィア=カサブランカ》!」


 私がそう口にすると、宙に浮いていた人形の腕と羽が解かれる。そして更に体の中心部に、首元からスカートの先まで縦に切れ目が入り、両脇部分を支点に外側に、人形の体の正面側が扉のように左右に開いた。


 その人形の中からは、先端に円錐形の杭が付いた白い鎖が幾つも表れ、射出される。


 女子生徒は右手の棍棒で向かってくる杭を弾きながら、斜め後ろに下がることでそれらを往なしてしまう。


 けど、それ位は私だって予想出来る。《ソフィア=カサブランカ》に命令をすると同時に、私は〝雷鎧〟を発動していた。


 そして、私は女子生徒の避けた先に回り込んで、武器を持つ腕に蹴りを入れる。相手はただの魔力付加、対して私は〝雷鎧〟。反射速度だって、動作の速さでだって上回っている。避けられる筈も、防げる術もない。


「対戦相手が私だと高を括った? 残念、私は本気だよ!」


「ぐっぅぅ……」


 私の蹴りを思いきり受け止めた女子生徒の右腕はやはり痛むらしく、棍棒を落とし、小さな呻き声をあげた。


「〝ビロウ・ラ――」


 それでも意外にも女子生徒は諦めるつもりは無いらしく、魔法を発動しようとするけど、判断ミスだ。これだけ近くに居るのだから、魔法なんて発動するよりも早い方法がある。


「遅い! 〝水鎧〟!」


 水属性の鎧を纏って、距離を詰め、拳を突き出すと、がら空きになっている相手のふくよかな腹部へと入り、壁際まで吹き飛んでいった。


「うっ……ぐっぞ……」


 女子生徒はどうやら痛みで動けないらしい。人を痛め付けようとする割には打たれ弱いというのは、呆れというか可哀想に思える。


「あなたと違って、顔を狙わなかっただけ感謝して欲しい位だよ。後、私の勝ちだよね」


 私がそう言うと、女子生徒は恨めしそうな目付きで私を睨み、震える握り拳を作るも、少しすると力なく拳を緩ませた。


 少し嫌味が過ぎただろうか。少し、やり過ぎたかな何て思うけれど、何だかすっきりした。


 審判の先生は、女子生徒の様子を見に行くと、勝者として、私の名前を宣言した。


 試合が終わり、私は会場から外に出る。ずっと見られているのはやはりあまり慣れたものではなくて、闘技場から逃げるような気持ちで、少し離れた人の少ない脇道の、丁度木陰になっているベンチに腰を下ろすと、自然と溜め息が溢れ出た。


 勝ったことで、まだ今日の試合は残っているけど、でも何だか既にやりきったような気分。私史上、一番気負わず出来た試合だった。


「ふふっ……」


 そして、単純に嬉しかった。


 自然と笑みも溢れてしまう。勝った時の嬉しさというものを、こんなにも噛み締めたのは初めてだ。今までずっと、勝てたとしても嬉しさを感じる余裕はなかった。……試合後、闘技場から離れてこうしているのは全然変わってはいないけど、今はとても心地好い。


「お疲れ様」


 上半身の力を抜いて、贅沢にもベンチで横になっていると、私が使っているベンチの背凭れ側から労いの言葉がかかった。声音はとても柔らかい。


 声の主は私の尊敬している人。同い年なのに凄く強い人。ベンチの背凭れに肘を突いて体重を預けるその人の手には使い捨てのコップに入った飲み物が二つ握られている。その内の片方のコップを私に差し出す淡紅色の髪に金色の瞳の、端正な顔立ちの少女は微笑む。


「ラナちゃん……」


「な、何よその顔は……」


「遂に私にデレてくれたんだね……!」


「寝言は寝て言いなさい」


「えへへ、良いじゃん良いじゃーん」


 嬉しかった。いつもつんけんとした態度だったけど、今のラナちゃんは凄く穏やかな表情だったから。


「わかったから、それでも良いから引っ付かない……でって……何泣いてるのよ?」


 別につんけんしているからといって、冷たい人間ではない事はわかってるけれど。


「あのね、嬉しくて」


「……確かに、アンタにしてはよくやったわ。気張り過ぎる事も無く戦って勝てた」


「ううん、違うの」


 私がそういうと、ラナちゃんは疑問を表情に浮かべる。ラナちゃんの言う通り、私は気張り過ぎる事も無かったし、勝てもした。


「私はね。そうやってラナちゃんが穏やかに笑ってくれるのが嬉しいの。初めて会った時みたいに険しい表情ばかりじゃないラナちゃんが見れて嬉しいの。そうやって、普通の女の子みたいに笑うラナちゃんと居られて嬉しいの」


 だって、それって友達として認めてくれているって事でしょう?


「な、何よそれ……」


 言葉には勢いは無く、そっぽを向くラナちゃんはばつが悪そうに、照れ臭さに染まった頬を指で軽く掻く。


「何でも良いのっ!」


「だから引っ付くな! アンタ泣いたり笑ったり忙しいわね!」


「にひひ、ラナちゃんはツッコミが忙しいよー」


 出来るのなら、ずっとこうして、普通の日々を過ごしたい。尊敬する人を近くで見ていたい。心が締め付けられるような表情ばかりしていた人が、こんな風に微笑んでいる所を見ていたい。


「でも、そうはいかないんだろうなぁ」


 抱き付いていたラナちゃんの背中で、小さく呟いてしまった言葉のせいで、また私の嫌な涙が浮かんだ。……駄目だなぁ、私。相手が悲しそうな顔をするなら、せめて自分が笑っていないといけないのに。


 幸い。こんな言葉はラナちゃんの耳にまでは届かなかったらしい。


「また何か言った?」


 ううん、何でもない。不機嫌そうな、照れ隠しのような言い種の彼女に、そんな風に嘯いて、浮かんだ涙は無かった事にした。しんみりとしてしまった心を誤魔化す様に、弱気を心の隅に追いやって笑って話していると、気付けば時間は過ぎていた。


 ――そして、私の今日、最後の試合がやって来た。


 私よりも先に試合があったラナちゃんは、当たり前の様に全ての試合に勝利して、当たり前の様に明日へと繋げた。まず有り得ない事ではあるけれど、例え負けたとしても推薦されるだろうし、ラナちゃんの代表入りは確実だろう。


 私の場合は……きっと無い。ここまで来るにあたって苦戦もした。何とか勝利を繋げて、今日最後の試合へと漕ぎ着けた。自分でも不思議な位、勝ちを重ねる事が出来た。けれども、私はラナちゃんとは違う。代表になるには最低限、上位に入賞しなくちゃいけない。


 ……でも、勝ちたいとは思っていたけど、本当はここまで来れるとも思ってもいなかった。だから、何処まで行けば誰と当たるか何て事も考えてはいなかった。

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