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桜白舞(10)

 きっと彼女にもちゃんとした理由があるんだろうけれど、疑問をぶつけてみても、私には教えてくれない。


 彼女の力になりたいとも思った。いつも勇気付けられてばっかりで……今日だってそうだ。どうしても拭えない劣等感で一杯になって、どこまでいっても普通の私には、到底出来ないと諦めている所を、照れ屋な彼女なりの、不器用な彼女らしいやり方で私を励ましてくれた。


 きっと彼女は本当に代表入りだってするだろうし、本当に優勝だってしてしまうのかもしれない。


 もし、そうなった時、場合…………いや、もしじゃなくて、そうなったら、どうすれば彼女の力になれるのだろうか。どうするのが、一番彼女を助けられる――恩を返せるのだろうか。


 ……私はラナちゃんの活躍を一番近くで見ていたい。活躍するのを一番近くで助けたい。その活躍を誰にも邪魔をさせたくない。


 私は――――優勝は出来なくても、勝ちたい。一番彼女に近いところまでいきたい。辿り着きたい。


「……時間だ」


 心を刺激されて、高鳴る胸の音を静めるように言葉を吐き出してみる。けれども、治まらない。


 私は、さっきラナちゃんが通っていたであろう道をゆっくりと辿っていく。少しばかり歩くと、とても騒がしくなっている円形の校舎の一部へとやって来た。


 色々と考えてしまっていたけれど、最初から決まっていたんだ。ずっと私は代表になりたかった。お姉ちゃんと比較して、引け目になることを怖がっていて。お姉ちゃんと比較されて、これ以上落胆されるのを恐れていて。


 でも、やっぱり勝ちたいんだ。ラナちゃんと一緒に、彼女の隣に立っていたいんだ。


 闘技場の門を潜って、出場生徒の控え室へ向かう途中、試合をする前と全く変わらない様子のラナちゃんと会った。


 背を壁に凭れ掛けて、腕を組んでいる姿は絵になる。そんな彼女は私を見付けると、少しだけ体を此方に向けて一言。


「勝ちなさいよ」


 その言葉に、私は強く首を縦に振る。何時もの不機嫌な表情なんかじゃない、軽く微笑んだラナちゃんの黄金色の瞳を、私は見た。


「いってきます!」


 そして彼女と擦れ違う形で闘技場の奥の方へと歩いていく。控え室に入って少し待つと名前を呼ばれた。


 舞台に立つ。ドキドキは……不思議としなかった。私自身びっくりする位、落ち着いている。何時もこうして立つのは正直嫌いだった。


 皆、私を通してお姉ちゃんを見ていたから嫌だった。落胆されるのが怖かった。比較されるのが怖かった……のに、今はそんな事はどうでも良い。そんな感覚だ。


 先生の号令で、私は武器を召喚した。青く淡い七芒星から現れたのは、到底武器とは呼びがたい代物。鉄のようなもので出来た、女性を象ったような見た目の、足先まで広がるスカートを履いているようにも見える大きな白い人形。


 人形には三対の翼が生えており、その内一対の翼は大きく開かれ優美な存在感を放っている。残り二対の翼は、其々、柔和な表情の顔と、胸の前で交差している腕の上から体を包み込むように覆っている。


「《ソフィア=カサブランカ》」


 これが私の契約武器。武器と呼ぶには何とも不相応な魔導機械。珍しいタイプの契約武器の為、初めて見る人もきっと居るだろう。


 正直、珍しくて目立つ《ソフィア=カサブランカ》をこういった場で使うのは気が進まないけれど、私はラナちゃんのように武器を使わない何て事は出来ない。油断をしてしまえば、そこで終わる……いや、確かにラナちゃんも油断をするとダメになってしまうかもしれないけど、私はそれよりも更にダメになってしまうから。


 先生の合図が会場に響き渡る。


 私の対戦相手は別のクラスの恰幅の大きい女子生徒。去年同じクラスだったけど……正直、好きじゃなかった。相手のためとか言っている割に自分勝手で押し付けがましいし、裏表が激しいし、私の事を内心見下しているし。


 ヘラヘラ笑っていたのは私の方だから、私にも責任はあるし、今更過ぎた事をどうこう言うつもりはないけど、やっぱり負けたくはない。


「あら、マーガレット。今日はやる気がありそうね。けど、私だって負けないわ」


 女子生徒は無駄に高い作ったような声を出して、この場に居る人間に、無駄なアピールをする。いい加減、出汁に使われるのはムカつくんですけど。そもそもあんたそんな高い声じゃないじゃん、もっと野太いじゃん。


「そうだね。私も負けないから」


 あまり話をするのは面倒なので、簡潔に返して、女子生徒に試合が始まっていることを、私が戦う気があることを示す。


 すると私の態度が女子生徒の癪に触ったのか、一瞬表情を曇らせて、魔法を放ってきた。ちなみに持っている武器は棍棒。見た目との親和性が高い。


 足下から土で出来た杭が現れ、避ける私へと迫ってくる。去年同じクラスだった時はねちっこくて苦しめられたけど、最近は凄い人が近くに居たせいか、この程度の練度、全く驚異に感じない。


 ひょっとしたら、武器を召喚する必要はなかったのかも。


「〝ランド〟」


「へぶっ?!」


 痛い! 魔力付加してなかったら確実に鼻の骨折ってたよ……鼻の奥がちょっと鉄臭いし、乙女としてはあるまじき失態だ。けど、私が調子に乗ってはいけないという事を神様が身を以て体験させたのかもしれない。


 ちなみに魔法を発動した当の本人は意地の悪い笑みを浮かべている。性格は相変わらず変わっていないらしい。


「ごめんねぇ、マーガレットォ。私も手を抜く訳にはいかないのよぉ」


「別に気にしてないよ? だってこれ試合だし?」


「そう? 相変わらず優しいわねぇ」


「そっちもお気遣いありがとう」


 まさかこんな舌戦をするとも思ってなかった。去年の私だったら絶対に出来ていない。相手のゴツい顔には血管が浮き出てきているのがわかる。


 正直、まだ怖い。けど、何だか気分が少しすっきりしてきたのも事実だ。そうか……私、好きじゃないとかじゃなくて、この人の事、嫌いだったんだ。


「……うん、やれる」


 どうしてどうでもいい人間相手に体裁を気にしたり、顔色を窺っていたりしたんだろう。


 そう思ったら、何だか相手への恐れも段々と消えて、怒りとかよりも、あんな言動や態度を取ることでしか自分を保つことが出来ないあの子の事が哀れで、気の毒に感じるようになっていた。


「ごめんね」


「は?」


「あなたの名前何だっけ?」


「はぁぁ?!」


 驚いた顔をして、その後更に怒りで顔を赤く塗り潰していく女子生徒は、「何調子に載って乗ってんのよ!」と、当初の高い声はすっかり忘れて元々の野太い声と共に唾を飛ばす。


 いや、だってさ。私にとって大半の人間はどうでもいい相手だったんだ。だって私にとって大半の人間は顔色を窺わなくちゃいけない相手――信用出来ない、何かすれば直ぐに何らかの面倒事を押し付けたり、いちゃもんをつけたり、そんな相手だったんだから。


 きっと私は薄情な人間だったんだろうけど、でもそれが私なんだよ。

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