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桜白舞(9)

 何でも、去年は一年生でありながら、優勝は出来なかったものの、代表入りを果たしたという事と、冬休みを終えた辺りから、今まで以上に努力を行い、上級生達から仕掛けられた試合を含めて、今の所、無敗だかららしい。どうやらその試合を仕掛けた上級生達の中には去年の魔闘祭でレイ王子よりも上の成績だった生徒も居たらしく、そういった事が、今回の人気に繋がっている……とアタシはマーガレットや周囲の生徒達から話を聞いた。


 そもそもどうしたらそんなに試合を仕掛けられるのか疑問ではあるけれど、兎に角、マーガレットにあんな事を言ってしまったのだから、派手にやってしまおう。


 ぶっちゃけ授業は面倒だったというのもあり、普通の学生生活に留まる具合に、程々に手を抜いていた。しかしそんな風に過ごしていたらつい先日それに気付いたのか、《賢者》に対抗戦に出て優勝するつもりで、と言った注文をされてしまった。


 アタシは留学生と言う名目でここに通っているが、その割に普通の成績で居過ぎたのかもしれない。留学生として選ばれるには基本的に優秀な生徒である事が条件だ。そして優秀であれば何かしらの話を耳に挟むが、アタシの場合そういった話が出てこなかったので、《賢者》はその様な話を付け足したのかもしれない。


 歓声近くなる。アタシはネクト魔導学院の闘技場へと辿り着いた。控え室に入って少しすると、アタシの名前が呼ばれる。薄暗い通路を真っ直ぐ歩いていくと、視界が明るくなり、二階部分に客席を伴った円形の闘技場の一回部分――真砂土を固めたような平坦な地形の場所に出た。


 中心部には号令や審判を行う役の教師がおり、その向こうには、アタシの対戦相手の男子生徒が立っている。


 教師の、魔導具により音量を増幅された号令で、アタシと対戦相手は出入り口と中心部の中間地点辺りまで出る。相手の生徒は武器の剣を構えた。教師はアタシに武器を構えなくて良いのかと問うたがアタシは首を横に振る。


 アタシの返事に教師は首肯し、右手を翳し、勢いよく振り降ろすと共に「始めッ!」と告げた。


 相手の生徒は魔力付加を施して、真っ直ぐにアタシの方へと掛けてくる。――遅い。魔力付加だけだとは、試合が連続で行われるからといって魔力を温存しようとしているとは、嘗められたものだ。


 ……武器を構えないアタシもアタシか。


 ――教師は試合の邪魔にならないように闘技場の端の方へと避難を始めている。多分、大丈夫だろう。


「〝結果知らずの大洪水ハイブライズ・デリュージ〟」


 雷と水の混合魔法を発動する。五芒星の巨大な魔法陣が青く空へと描かれて、紫電を帯びた雨が闘技場へと大量に降り注ぐ。


 激しい雷雨により歓声が静粛へと変わった。


 魔法陣が消えていく。試合は決した。見紛う事は無い、アタシの勝利である。恐らく、今回の魔闘祭で最速の試合だったであろう。


 客席が呆けていたのも束の間、教師による、アタシの勝利が宣言されると、闘技場の空へと映し出されている映像にはアタシだけが映り、円形の舞台は再び歓声に包まれた。





   ‡  ‡  ‡




 それは圧倒的だった。初めて彼女の戦いを見たのは、彼女が私のギルドランクと並んだ――ギルドランクがC級になった日。


 私、マーガレット=リタ=アルダートンは、優秀な姉がギルドを作った事により、妬みや嫉み、はたまた客の確保の為等、ギルド間の抗争に巻き込まれる事がある。具体的に言うのであれば、私を拐って脅しをかけるといった事が過去にはあった。


 脅しをかけたギルドは『売られた喧嘩は買わなきゃ損だね!』と言う私の姉によって壊滅状態になった事もあるが……兎に角、時々いるそういった輩のせいで、姉のせいで、私は狙われる事があるのである。


 最近では何処と無く漂う視線や雰囲気を察知出来るようになって、狙われても逃げたり、撒いたりして、拐われる事が無くなっていたのだが、その日は油断していたのだろう。ラナちゃんと少し離れた内に何者かに口を塞がれ、何処かの路地裏へと連れ去られ、気付いた時には十人ほどの大男に取り囲まれていた。


 どうやら、男達は皆、姉にやられた人間らしく、ギルドをクビになってしまった事による恨みから私を拐って辱しめてやろうとしているらしい。


 私は抵抗した。掴まれた腕を思いきり払おうとしたり。魔法を使おうとしたり。口を塞いでいる腕を噛んで大きな声を上げようとしたり。けれども駄目だった。抵抗は出来ても、十人もの大男達を振り払うことは出来なかった。


 私が姉のように強かったら、こうは成らなかったのかもしれない。そんな風に思ってしまって、結局、抵抗もやめてしまった。


 太い腕が顔に伸びてくる。私の顔を掴んで、醜悪な笑みを浮かべて何かを言っていた。


 更に腕が伸びてくる。今度は私の腕を掴んだ。更に――足を掴んだ。制服の胸元のリボンを引きちぎられた。首を絞められた。非効率的に、スカートにナイフが入った。涙で視界がぼやけると、その奥で醜悪な笑顔が歓喜で染まり、首元に生暖かい息がかかった。


 泣いちゃダメなのに。泣いてしまえば余計に大男達の期待通りになってしまうのに。泣き虫で臆病で矮小で非力な私には、どうしても溢れてしまうそれらを抑える事は出来なかった。


 助けてほしい。


 真っ先にそう思った。同時に嫌になった。一人じゃ何も出来なくて、誰かしらにすがろうとしていて、期待して。結局、依存しようとしているのは私自身で。


 悔しくて悲しくて怖くて恐ろしくて。


 無様な私を、この場に居る皆が嘲笑っていた。私自身も諦めか恐怖か逃避か喜びなのか、嗄れた声で嗤っていた。


 ああ、いっそ、身体も心も全部滅茶苦茶にされて、死んでしまえば楽にでもなるんだろうな――――。


「何迷子になってんのよ。アンタが居ないとアタシも迷子になるかもしれないでしょ」


 不機嫌で、呆れていて、尊大で、高圧的で――怒気を孕んだ言葉が降ってきた。


 長く綺麗な桜色の髪は右耳の丁度上で纏められていて、金色の瞳には気の強そうな目尻が伴っている。整った顔立ち綺麗な足と、優美な立ち姿。それは少し前から一緒に暮らすことになった同年の少女。そんな態度で、声音で言えるのは、彼女だから、彼女にしか赦されていないような、そんな気がした。


 右手には綺麗な剣を持っていて、男達が突っ掛かろうとするけれども、圧倒的だった。一瞬の内に男達が地面へと伸びて倒れていた。


 また、涙が出てきた。さっきまでより大粒で、温かい涙だった。


 一歩、また一歩と、立ちはだかる者を薙ぎ払うその姿は不謹慎かもしれないけれど、とても綺麗で、気付いたら私はその姿に――――憧れていた。




 ラナちゃんを見送って、一人きりの教室へと戻った私は、教卓にある魔導具の電源を入れる。画面に映し出されたのは戦いに湧く観客達。どうやら試合が終わって、次の試合の準備をしているらしい。


 少しすると画面にラナちゃんが映って、また少しすると、画面にはラナちゃん以外は映らなくなった。やっぱり強い。どうして、学校ではあんなにも手を抜いていたのだろう。

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