桜白舞(8)
「……………………」
「………………ズビ」
取り残されたアタシ達の間には沈黙…………と鼻水をすする音が漂う。
そう……これがアタシ、プラナス=カーミリアとマーガレット=リタ=アルダートンの出会いなのである。
‡ ‡ ‡
「アンタってくだらないわよね」
「えっ?! いきなりなんか酷い! よくわからないけど、とても蔑ろにされた気がするんだけど! 出番というかなんというか、よくわかんないけど扱いが雑な気がするの!」
何だか遠い昔のような春先の出来事を思い出している内に、普通は暗くなってしまったりするかもしれない所が逆に元気になってきた気がする。
そうなった理由の人物である丸投げの丸投げをされた、泣き虫姉妹の下の方も、今ではアタシに慣れて無駄に図々しくなっている。
そして今、アタシはネクト魔導学院に、王都魔術学院からの留学生として通っている。これは「普通に学生生活をしろ」という、《賢者》から出された条件の一つである為、どうしてこんな事になってしまっているのか、どうしてこんな事をしなくてはいけないのかと思ってもどうする事も出来ないのである。
また、もう夏という季節であるのに、《賢者》は未だに亡霊の事を教えてくれない。行く度に「まだ無理じゃ、わかっとらん」と言われて追い返されてしまっている。アタシの話を聞こうともせずにだ。
正直、何を見て《賢者》が判断しているのか、さっぱりわからない。
いい加減、辞めたいと思うこともあるけれど、アタシにだって義理を通す心はあるし、辞めたりした時に馬鹿にしてくるであろうメリッサとかが癪だと言う理由もあり、普通の学生生活というやつを続けてはいる。
その結果、季節はすっかり夏へと至って、ネクト魔導学院に於ける魔闘祭が始まろうとしていた。
「ねぇねぇ、ラナちゃんは誰が代表に選ばれると思う?」
そんな中で、アタシの前の席に座っている、ある意味能天気な少女は、アタシが突っ慳貪な態度を取ってもしつこく絡んでくる。
「……いい加減、その呼び方やめてくれない? アルダートン妹」
「そっちの呼び方の方が酷くない?!」
「アンタが馴れ馴れしくそんな呼び方をするからでしょ?」
「だってもうそろそろ夏だよ? 三ヶ月は経ったんだよ? 一年の四分の一は一緒に過ごしたんだよ? だからもっと仲良くても良いじゃん!」
「別に秘密を言わなかったり、名前の呼び方が他人行儀だからって、仲良くない訳じゃないでしょ」
「やったね! つまり私達は親友! ラナちゃん愛してるー」
「……っ……親友じゃないし……あ、アンタそんなんだからモテないんじゃないの? そもそも今のは言葉の綾……だし……」
別段仲が良い訳じゃないって言うと、マーガレットは凄く悲しそうな顔するから、それが面倒だから言っただけであって、いや、決して仲が悪いって訳じゃなくって、別にマーガレットの事嫌いって訳でもなくって……その……程々の距離であるって事を伝えたかったけど、上手い言葉が見付からなかっただけでその……その……ってアタシは誰に言い訳しているのよ!
「いきなり酷くない?! いや、確かにモテないし……いつも愚痴を聞くだけの役だったけど……わかるーとか相槌言いたかったけどぉ……まあ、私が自分ではっきり言えないのがダメだったわけですし……」
マーガレットは指先をつんつんと合わせて、段々と言葉尻が暗くなると共に声の大きさも尻すぼみになっていく。……ああ、もう! 面倒臭い女ね!
「話を戻すけど、アンタは代表になろうとは思わないわけ?」
アタシがそう訊ねると、一瞬嬉しそうな顔をするも直ぐに悲しそうな表情へと戻っていった。
「……私には無理だよ。お姉ちゃんみたいに強くも無いし、何でも出来る訳でもない。稀代の天才の妹だからって、稀代の天才って訳でもなければ天才でもない。平々凡々。それが私だもん」
面倒事を避けたと思いきや、避けた先も地雷というのは余計に疲れる。……しかし、このマーガレットの姉への劣等感というのは、理解出来ないというわけでもない。
マーガレット=リタ=アルダートンの姉であるメリッサ=ディクシー=アルダートンは、先程マーガレットが口にしたように、“稀代の天才”と呼ばれていたらしい。それを象徴する最たるものは歴代最年少でのギルドの設立であろう。
メリッサはマーガレットにとって丁度今位の時期――高等部二年の時にギルドランクS級を取り、ほぼ同時にギルド《エグランタイン》を設立している。
たったそれだけの、一つだけの事実であっても、それによって齎されるメリッサの妹への周囲の期待や重圧はやはり大きい。
マーガレット曰く、メリッサ=ディクシー=アルダートンは何でも出来る人間らしい。興味を示せば何でも大体上手くいく、上手くやってしまう。昔からそんな人間であるらしく、たった一つの偉業を為す前から、期待され、その影響をマーガレットに与え続けていた事を想像するのはアタシでも容易い。
しかし、だからと言って、理解出来るからと言ってアタシが同情するかどうかは別の話である。
「そう、それならずっとそんな風に勝手に比較して勝手に悲しんでなさい。言っておくけど、アンタがさっき仲良くしたいと言った相手は、その姉なんかより強いんだから、アタシとの比較に苦しみなさい。それに、下は向いてても良いけど、アタシを監視する任位は全うに勤めなさい。普通なら、それ位は出来るわよね?」
時計を確認したアタシは、外の盛況さとは隔離された、二人しか居ない教室の机に手を突き立ち上がり、初戦の相手の所へと、盛況している中心へと向かい始める。
教室から出て、無駄に長い廊下を歩いて曲がり角に差し掛かった時、どたばたという物音を背中に感じて、同時に「ラナちゃん!!」という反響した言葉を聞いて、アタシは後ろを振り返った。
アタシの視線の先、10メートル位の所には、顔を上気させ、息も乱れているマーガレット。荒い呼吸で、少し不安そうな表情で、けれども菫色の真ん丸な瞳で、ブレる事無くじっとアタシに視線を送っている。
呼び止めた時の言葉以外は何も無かった。きっと気持ちだけで動いたけれど、言葉は出てこなかったのだろう。
「ええ、俗物共の賭け事を狂わせてくるわ」
アタシがそう言うと、漸くマーガレットは笑って、頷いた。
踵を返し直す。
『ねぇねぇ、ラナちゃんは誰が代表に選ばれると思う?』
マーガレットがそんな質問をアタシに浴びせたのは、アタシにエールでも送りたかったのかもしれない。無駄に自嘲的な性格をしているので、ひょっとしたら出来るだけアタシが言ってしまった様な言葉を避けるためにあんな言い方をしたのだろう。
しかしそれはさておき、マーガレットの質問に答えるのならば、優勝候補筆頭で、生徒間で行われている賭け事で一番人気の生徒の名前を、戦った事はないが、アタシも挙げていたと思う。
その生徒の名前はレイ=フラウ=ハルバティリス。紛れもない、この国の隣国、ハルバティリス王国の第一位王位継承者の名前である。




