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桜白舞(6)

 成る程、悔し涙か。あれだけ戦いに道楽を見出だしているのに、思っていたより人間味があるというか。あれだけ邪悪な笑いをしていたのに対して自分が色々と言ってしまったのが恥ずかしいというか。


 何よりも……


「面倒臭い性格してるわね!」


 恥ずかしいのもそうだけど、何と言うか、振り回されてる感じがするって言うか、ああもう、腹立たしい。ムカつく。何よこれ!


「誰が?」


「アンタよ! 泣いてるアンタ!」


「だから泣いてないって! ほらジジイ! 早くその子解放して。続きするから!」


「……いや、じゃからここで暴れられると儂が困ると前々から言っておろうに……」


「そんなの知らないよ!」


「……若い子が話を聞いてくれなくて、儂哀しい……」


「はいはい聞いた聞いた、だから早くして」


 頭を抱える老人と泣いてるアタシより少し年上に見える傍若無人な女。一体何なのよこの状況は。何でアタシは四肢に鎖を付けられているのにこんなにも呑気な気分になってしまっているのか。……あっ、メリッサが《賢者》にアタシと同じ状況にされた。ホント何なのよ……。


「やーめーろー! はーなーせー! 変態ー! 動けなくして性的な事でもするつもりね変態! そこのまな板には手を出さなかったみたいだけど、魅力たっぷりな私の身体に我慢出来なくなったのね! この変態!!」


「何時ものお前さんならこれぐらいどうとでもなるじゃろう? 無理はするでない。後、儂はこういった状況で尻を揉んだりするのは好きではない。気楽に揉みたいんじゃ」


 ……本当にっ、何なのよこれ!


「いい加減にしなさい!」


 紫電が迸る。沸き起こった感情に任せて鎖を無理矢理引き千切ったアタシは契約武器の剣先をメリッサの喉元に突き付けた。


「ちょっ、何で私なの?!」


「煩いわね黙ってなさい泣き虫!」


「ひきょーものー! そもそも泣いてないー!」


 あーだこーだと喚く緊張感の欠片も無い女を放っておいて、アタシは老人に向き直る。


「アタシの質問に“正直に”答えなさい。変な動きはしない方が良いわよ」


 元々、ボコボコにしてでも従わせるつもりではあったけど、もう手遅れな気がしないでもないが穏便に出来るのなら穏便に済ませた方がやはり良い。


 《賢者》は茶色い瞳でアタシの目をじっと見ると「……うむ」と溜め息のような小さな返事をした。


「アンタがアタシに協力出来ない理由は何? 《賢者》という立場上やれる事が制限されているの?」


「いや、《賢者》云々は関係無い。そもそも儂は自分から《賢者》等と主張した覚えは無いし、気付いた頃には回りにそう呼ばれる様になっていたのじゃ」


「そう。じゃあ、やろうと思えば好きなように力を貸したりは出来るのね。ならどうしてアタシの話の内容を詳しく聞く前に駄目だと言ったの?」


「お嬢ちゃんも儂の話を聞かなかったじゃろうに……」


 うっ……確かに否定出来ない……。アタシだって焦っていたし、最初から方法が方法だったから、こんな風に話が出来るとは思ってもなかった。


「それは悪かったわ。だったら教えて、どうしてアタシに千里眼の力を貸せないのか」


「それは、儂は千里眼等と言う力を持ってはおらんからだ」


「なっ……!」


 じゃあアタシの苦労はどうなる。わざわざ幼馴染みを叩き伏せて、降りかかる火の粉も払い尽くして、後戻り出来ない所まで来たのに。アタシの人生の使い道の為の歯車が漸く動き出したと思ったのに。またこんな所で足止めを食らうというのか。


「じ、じゃあ! 《賢者》の千里眼の噂は一体何だって言うのよ!」


「儂は魔力の探知が人よりも長けているだけじゃ、故に現在を見渡したり、過去を閲覧したり、はたまた未来を見通したりは出来んのじゃ。広範囲に於ける魔力探知の事が何処からか話が洩れて噂になり、いつの間にか千里眼だと誤解されてしまったんじゃろう」


「だ、だったら! アンタが魔力の探知を出来る範囲で良い! 探して欲しいヤツが居るの!」


「……誰じゃ?」


「亡霊」


 アタシがそれを口にすると、一瞬《賢者》の表情が強張った。知らないとは言わせない。エレーナのトップに居るような人間が、隣国で起こった大規模な事件の事を知る筈も無く、あの教師達だってアタシ達に知っていることを黙っていた。それならあの人達よりも権限を持つ人間が、それを知らない筈はない。


「ほう……なるほど、お主が……」


 《賢者》はアタシを放って、勝手に一人で納得をする。そうして少し何かを考えるような素振りをした後、ゆっくりと口を開いた。


「メリッサ、この子をお主の所で預かりなさい」


「「はぁっ?!」」


 アタシと同じ様な反応を見せたのは勿論メリッサ。そりゃそうだろう、いきなり初めて会ったばかりの人間を預かれというのは当たり前の事、それも《賢者》の所へ殴り込みに行くような人間だ。この反応は至極真っ当だ。


「ちょっと待って! 何で私なの?!」


「お主、使える人間が欲しいと言っておったじゃろう?」


「そ、それはそうだけど……」


「下手な大人よりは断然使えると思うがの」


 勝手に話が進みそうになっている所に横槍を入れる。そもそもアタシの意思はどうなったのか。


「ちょっと、《賢者》! アタシの言った事、理解してる!? 亡霊の事、知ってるんでしょ? なら教えなさい! 今どこに居るのよ!」


「知って、何をする?」


「何を? そんなの決まってるじゃない――」


「殺すか? やめておけ、主にアレは殺せん」


「そんな事、勝手に決めんじゃないわよ!」


「メリッサに手こずってる様じゃ、一瞬で殺されるぞ。プラナス=カーミリア」


 どうしてアタシの名前を? 《賢者》は堂々とした態度で、面持ちで、ゆっくりと落ち着いた声音で、きっと疑問符が表れてしまったであろうアタシの表情に応え、言葉を紡ぐ。


「儂は過去に君のような有望な若者を見た事がある。彼等も友を亡くし、己の力不足を嘆いていた。そして当時彼等は復讐に燃えていた」


「それがどうしたってのよ」


「その彼等でさえ、今それを成せておらん。それにお主は見てきた筈じゃ、その彼等が今何をしているのか。ネアン=スレイブ、ルイス=エバイン、レイラ=フロックハート、シャルル=フラウ=ハルバティリス……以上の名前に聞き覚えはあるじゃろう?」


 ……ああ、そう言う事か。ネクト魔導学院に居るということなら、あの教師達とも面識がある。そこで、アタシの話をしていても可笑しくはない。


「ええ、嫌というほど知ってるわ」


「……果たして、それはどうかの?」


「どういう意味よ」


「それがわからん様であれば、尚更お嬢ちゃんの知りたい事について答えるわけにはいかん。……つまり、わかるまでメリッサの所にお世話になりなさい」


 《賢者》は、《賢者》らしくというよりも、見た目相応の人間らしい慈愛に満ちた柔らかい笑みをアタシへと向ける。


 けれども、アタシはそんな事で引き下がるような人間では無いわけで。勿論、それは態度にも出ていて、紫色の火花が舞う。

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