桜白舞(5)
「――そして残念ながら、アタシの武器は強力なの」
読めていた。何らかの方法で防ぎきる事くらい。嫌でもわかる、わかってしまう。そんな相手だからこそこの状況を作り出せた。
アタシは黄金の柄を、白銀の刃を思い切り振るう。何時もより巨大で膨大な蠢く紫電はその存在で空気を切り裂きながら音を立てて真っ直ぐに、歯向かうものを全て貪り食らう。
「まさかっ……!」
気付いたってもう遅い。避ける暇なんてものは存在しない。自分の距離を選んだ時点で、こうなることは決まっていた。
「アタシは考え無しに戦う程、泥臭くは無いのよ」
ブライズ・フォースは少ない魔力で大量の雷を生み出せるだけの能力じゃない。何故司法を司る武器が最強クラスと言われているのか、それは単純、生み出すだけの力ではないからだ。
司法を司る武器は属性の数だけあると言われている。
一番有名なのが《宣告のフルール=アッティア》。その名を轟かせたのは七英雄が一人、メイサ=アビエス。彼の英雄は文字通り、“風を操った”。
操る。牛耳る。制する。支配する。
例えそれが相手のものだろうと自分のものであろうと、対応する属性であればその武器が触れてしまえば己の一部にしてしまう。
それが、司法を司る武器の力だった。そして、アタシの《贖罪のジューン=クルサード》も司法を司る武器であり、例に漏れず、雷を統べる力を持っていた。
最上級魔法を取り込んだ紫電を真っ向から浴びたメリッサは、叫び声を上げて黒い土へと膝を突き、倒れる。
思い切りやったが、あれだけの実力者だ、魔力付加位しているだろうし、痺れて動けはしないかもしれないが、死にはしないだろう。…………多分。
死んでないわよね……?
「うぅっ……」
一瞬やってしまったかと焦った所で、メリッサが息を洩らした事を確認し、少しほっとする。
「悪いけど、誰か助けに来るまでそこでじっとしていなさい。寒いかもしれないけど、風邪引かない事を祈っているわ」
呻き声を出しているメリッサにそう言い残して、アタシは痛む体を動かして塔の中に入り、階段をかけ上がる。
明るい色調の大きな廊下、大きな踊り場、大きな鉄の扉。幾重ものそれらを流し見て辿り着いたのは、これまでの景色とは真逆の、素朴な木製の小さな扉だった。
小さな扉とはいえ、それはこれまで見たものと比べた場合の話であり、その扉の大きさ自体は、人が二人は通れる大きさである。
この先に……《賢者》が居る。
その両開きの扉を、アタシは足で蹴り飛ばす事で開いて中に入る。
「アタシが来たんだから、顔を見せなさい。侵入者位、とっくの昔に気付いてるんでしょ?」
アタシが、まるで書斎のようなその部屋にそう言葉を投げ掛けると、「ふぉっふぉっふぉっ」と嗄れた声で笑う老人が本棚の影から現れた。
大きなローブに髪の無い頭、白く長い髭に茶色い杖。如何にも《賢者》然とした姿。時代錯誤も甚だしい。……けれども、噂に聞く古い時代から君臨している《賢者》ならば間違っちゃいないのかもしれない。
「若いお客さんとは珍しいのぅ。しかし……はて、どのような用事であらせられるのかな?」
「単刀直入に言うわ。アンタの持っている千里眼、その力をアタシに貸しなさい」
「まるで頼む気が見当たらんのぅ」
そりゃそうだろう、元々力ずくででも従わせるつもりで来たのだから。例え相手が《賢者》であろうとも、アタシは立ち止まるわけにはいかなかった。
「折角来てもらって申し訳ないのじゃが、残念ながらお嬢ちゃんの要望には応えられぬ」
「……そう」
わかっていた。いきなりやって来て力を貸せだなんて虫の良い話が受け入れられない事くらい。
「起きなさい《贖罪のジューン=クルサード》、まだ終わってないわよ」
アタシの手の内にある白銀は無作為に紫の軌道を乾燥した宙へと描き、空を震わせる。そうして這わせた雷を解放しようとする……が、アタシは手を止める事になってしまった。
「ま、待て! 待たんか! こんな所で暴れられると部屋が滅茶苦茶になってしまうじゃろ!」
目の前の杖を持った老人は手をあたふたと動かして、アタシに言葉を投げ掛ける。その行動があまりにも想像していた《賢者》とは掛け離れていたので、急に肩透かしを食らった気分になってしまったのだ。
「……それが嫌ならアタシに協力しなさい」
「じゃから、そういうわけにはいかんのじゃ」
「全くもって――」
埒が明かないわね。そう言うおうとした時、老人は溜め息をつく。同時に、音がした。《賢者》が手に持っていた杖の先を地面に付けた音だ。
カツン。そんな軽い音だった。
「――なっ!?」
すると浮かんだのは七芒星の魔法陣。現れたのは銀色の鎖。それらはアタシの四肢に絡み付くと、一瞬にして磔にしてしまった。
「すまんな、無くすと困るものが多くての。少々荒っぽいが勘弁しておくれ」
……油断した? いや、油断していたつもりは無かった。けれども、一瞬作ってしまった隙を意図も容易く利用されてしまった。期待外れだと思っていたが、全然そんなことはなかった。魔法の発動のスピード、恐らくこの状況を作ったあの杖の使い方、この状況を作るための誘導、紛れもなく強者のそれだ。
その上、この落ち着いた様子。きっとまだまだ余裕があるのだろう。
「この狸ジジイ……!」
「これでゆっくり話が出来るの」
毒突いた言葉もやんわりと返されて効果は無し。武器を握っている手に力を入れるも、途端に喉元に杖の先を突き付けられて、釘を刺される。
「まさかメリッサを倒すとは思ってなかったからの、こちらも少々後手に回ってるのじゃ。故にあまり優しくは出来ぬし、それがメリッサを倒した者だと尚更じゃ」
折角ここまで来たのに、手ぶらで終わる? そんな馬鹿な事があってたまるものか。きっと、このままだと捕らえられて何らかの刑罰を科される。良くても牢獄行き……こんな所で時間を無駄になんてしていられないのに。
だったらと。再び、白銀の剣に魔力を与えようとすると、《賢者》の眉が一瞬揺れた。アタシが壊すのが先か、《賢者》がアタシを完全に拘束するのが先か。
一瞬、たった一瞬でわかれてしまう明暗。相手よりも早く、何よりも先に。そうして魔力を込めようとしたけれど、アタシは何よりも先に行動を起こせなかった。だが……その結果的は明でも無ければ暗でも無い、即ちどちらでも無かった。
「待ちなさい……!」
何よりも早かったのは声。その声には聞き覚えがあった。……まさか、動けるとは思わなかった。
「メリッサ……何で動けるのよ……」
「それはこっちの台詞なんだけど!! どうして《披荊斬棘》の毒食らってるのに動けるの?!」
「……後、何で泣いてるのよ……」
そんなに痛かっただろうか……。いや、そりゃ痛いだろうけど、それはお互い様っていうか。
「な、泣いてないっ! それとスケベジジイ! 訂正してよ! 私は負けてなんかないの! 今すぐでも続きやれるよ!!」




