桜白舞(3)
「ふぅっ、危ないなぁ……」
「だから油断するなと何時も言っておるだろう?」
「……ふむ、良い」
「がっはっはっは! 効かぬわ!」
四人は其々に反応を示しながらも、散開し、アタシを取り囲むように足を進める。……先のやり取りの割に連携を取れているのは、流石というべきか。
地属性魔法による足場の限定と、近接による陽動、更にそれをサポートする牽制と、本命の一撃。
足場を崩して来るのも、戦いづらい場所を。陽動であるが、拳の一発一発は重い。故に身勝手に拳を振るっているように見えるが、それを正確に制御して、作戦として成り立たせるサポート。その隙に、瞬時に強力且つ無駄の無い魔法の発動。
単純な作戦ではあるものの、一つ一つの水準が高く、対応しづらい。
「〝クルエル・リット〟」
真上に、光属性の最上級魔法の巨大な魔法陣が浮かぶ。
チィッ――避けられない事も無いだろうが、避けて無傷で済ませられたところで、それはそれで畳み掛けられるのが関の山。……それなら。
「〝拘引されし女神の嘆き〟」
アタシは直ぐ様、混合魔法を発動し、自分を中心にした半球状の雷と風の壁を作り出し、光の最上級の魔法を正面から受け止める。
強引な発動の仕方だったため、少々魔力を無駄にしてしまったが、傷一つ無く防ぐ事が出来、相手からも十分な距離も取れたので良しとしよう。
「ねぇじじい、耄碌したの? さっき私にあんな事言っておいてじじいが手を抜いてどうするの?だから貴方からしたら餓鬼の私にだってボロクソ言われるんだよ?」
「いやー、すまんな。まさか防がれるとは思わんかった。勢い余って殺してしまうと考えると気分が悪くてな」
「生け捕りじゃなきゃとっとと終わるのになぁ」
「あまり物騒な事を言うべきではありませんよ、メリッサ」
「ロリコンの癖にうるさいな。攻撃受けて喜んでるような人に言われたくないよ」
「中々に刺激的な一撃でした」
緊張感の欠片の無いやり取りが、どうしてかアタシを苛立たせる。その理由は既に知っている気がするんだけど、どうしてかアタシ自身、深く考えるつもりにはなれなかった。
「〝結果知らずの大洪水〟」
巨大な魔法陣が闇空に青白い光を映す。無駄な事を考えそうになった思考を捨て去って、同時に雷の鎧を纏う。
稲光を伴った雨が降る。アタシはその中を駆けて、紫電の剣を振りかざした。
「ふはははは! これくらいどうって事無いわ!」
雨に曝されているにも拘わらず、強靭な肉体を奮い続ける壮年の男はアタシを真っ向から迎え撃つ。
けれども、アタシから迸る紫電は、そんな生易しいものじゃない。
高速で動くアタシの剣戟を受ける図体の大きい男の籠手は、甲高い音を発する。何度も繰り返されるその音は、アタシの動きに図体の大きい男が着いて来ている事を示しているが、段々とそれも聞こえなくなってきた。
無理もない。白銀の剣から発される紫電は雨粒を伝い、図体の大きい男の気力を確実に削っていたのだから。
「ぬぅっ……!?」
そうして大きく出来たその隙に、アタシは蹴りを捩じ込むと、図体の大きい男は校舎を巻き込みながら大きく吹き飛び、めり込んだ壁から落ちると動かなくなった。
雨はまだまだ止まない。次に狙った体の細い男は、案外簡単にアタシの攻撃を受け入れた。時折「はうっ」や「はんっ」等と気持ち悪い声を洩らしながらも、直ぐに終わった。
残りの二人。比較的近くに居た二人は、其々魔法で雨を防ぎながら互いに背を預け合っている。
「どうしてあんなの連れてきちゃったんだろ……」
「相手が悪かったと言っても良いかもしれんな」
「まあ、確かに相手がこんな可愛らしい子だとは思わないよねぇ」
半分を片付けたアタシは、呑気に言葉を交わす二人の元へと駆けていく。剣を振りかざすと、バチバチと空気が割れるような音が鳴った。
それを受け止めたのは風を纏った髭を貯えた男。
随分と魔法の扱いに長けているのか、一発一発の威力は小さい雨程度では髭を貯えた男には届かず、風で雨を弾いている事により雨を通した紫電も届かない。
それによって、一瞬発生した拮抗をメリッサは見逃さなかった。
伸びてきた茨の鞭は得物を掴んでいるアタシの右腕を捕らえて締め上げる。棘が属性強化を軽く貫いて、棘先が肌に触れた。
「剣を落とさないのは中々凄いけど、手を動かすと痛いから、降参するのをおすすめするよ」
「……うっさいわね……!」
それでもアタシは構わず、強引に右腕を振って、髭を貯えた男を鍔迫り合いから吹き飛ばし、身体に右腕を近付けるようにして鞭ごとメリッサを引き寄せた。
「うわっと!」
緊張感のない声を上げながら、バランスを崩したメリッサはアタシの目の前までやって来る。
右腕に触れていた棘先は食い込み、痛みと共に鮮赤を絞り出しに来たが、構わない。
そうして近付いて来たメリッサを迎え撃つように、属性強化で加速した左の拳を合わせた。
「ちょっ、流石にそれはっ――」
そう言いながら、アタシの殴打を頬に受け、吹き飛んだにも拘わらず鞭から手を離さないメリッサは、空中で腕を引き寄せアタシの体勢を崩そうとしてきた。
……が、アタシは腰を落としながら足を踏ん張り、血液が滴る右腕で引っ張り返してメリッサの行く先を制御する。
「――ぅぐッ!」
するとメリッサは髭を貯えた男にぶつかり、髭を貯えた男は多量の息と共に声を声を洩らした。
「あー、ごめんね。大丈夫?」
「ああ……」
「重かった?」
「……いや」
「軽かった……よね?」
「…………ああ」
立ち上がろうとする二人は相変わらず緊張感の無い会話を行う。特にメリッサに至っては上手く撃ち込んだつもりだったのだが、まだまだ倒れてはくれないらしい。雨も止んでしまった。
しかしそんな事。
茨の巻き付いた跡の残るアタシの腕を通して、白銀から赤が伝う。それを振り払いながら、立ち上がったばかりの二人に雷を見舞う。
メリッサはまだ余裕を持っているような表情で、髭を貯えた男は少し崩れた体勢から飛び込むようにそれを躱すと、其々に魔法を放ってきた。
アタシは真っ向からやってくる魔法に、更に強力な魔法を、ぶつけ、掻き消しながら呑み込もうとするも、追加で放ってきた魔法にそれを阻まれてしまう。
しかし、魔法同士が交わり視界が悪くなった時、雷を纏ったアタシは、先ずは髭を貯えた男と距離を詰め、相手の持っていた剣を弾いて、勢いを殺さずに回し蹴りを頭部に与える。
「ぬ……ぅっ……!」
だが、髭を貯えた男はそれだけでは足を踏ん張り、倒れない。けど、目の焦点は険しい表情とは裏腹に合っていない。確実に効いている。そこでアタシはそれを見逃さず、透かさず得物の柄で殴り付けると、力なく崩れ落ちた。
「あとはアンタ一人」
「ありゃりゃー……本当だねぇ」
楽しげに笑う女。けど何故だろう、口調とは裏腹に無邪気さが一切感じられない。不気味だ。




