花畑
突き抜けるような青色のキャンバスに、控え目に点在する真っ白な雲。
そんな空の元、出会った。
「こんなところで何をしているの?」
覗き込んできた少女は、太陽の光のせいか、眩しく微笑む。
「特に何かをしている訳じゃない」
「ここ、私の秘密の場所なんだ」
どうしてそんな所に他人が居るのか、そんな意味の含んだ訴えを口にしているにも拘わらず彼女は嫌味たらしくは無い。純粋に疑問に思っているらしい。
「気付いたらここに辿り着いていた」
ただ簡潔にそう言うと、少女は嬉しそうに「そっか」と小さく反芻する。
「それじゃあ、これからは私達二人の秘密の場所だね」
それから、毎日のように彼女と会った。
「いつもここに居るのか?」
少し経ったある日、そう質問すると、珍しく表情を曇らせた彼女は「うん……ここにしか居場所は無いんだ……」と、膝に顔を埋めて遠く見つめたものの、直ぐに笑って誤魔化した。
「貴方こそ、どうしていつもここに来るの?」
「一緒だ。居場所が無かった」
「そうだね、私と一緒だ」
その日からお互いの事を少しずつではあるが、話をするようになった。
「そういえば私達毎日会ってるのに名前も知らないね。貴方、名前は?」
「……名前と呼べるものは無い」
「うーん……あっ、それじゃあ貴方の名前はアントスね!」
「アントス……?」
「そう! 花って意味なんだ! 私の名前はフロースって言うんだけど、これも意味は同じで花。……まあ、これはお母さんから聞いて知った事なんだけど、二つとも昔から伝わる言葉らしくって、生まれたの私が男の子だったら付けるつもりだった名前なの。どうかな?!」
「構わない」
「良かった!」
彼女はまるで自分の事のように笑う。不思議だ。
気付いたら一面に広がる花化粧は更に美しさを増していた。
「ねぇ、今更だけど貴方変わってるよね」
「そうだろうか」
「うん、見た目とかさ。……ねぇ、アントス、もしも私が――ううん、やっぱ何でもない」
そう彼女が口にした日から、毎日来ていた筈の彼女が此処へ来る頻度は落ち、来ても顔色は悪く、見るからに衰弱していた。
何があったのか問い掛けても、何でもないと力無く笑う彼女は、「大丈夫」と答える。
そして数日、彼女と全く会わない日が続いた。
次に彼女に会った時、彼女は座ることさえも儘ならない状態で、花弁が散り始めた花々の上に仰向けに寝転び、空を見ながら泣いていた。
「ねぇアントス……生きる意味って何なのかな? ごめん、そうじゃなくって……私が生きてきた意味って何なのかな? ……お父さんとお母さんの為になるからって、ちょっとの間だけだからって言われたのに……私もうお父さんとお母さんに会えそうに無いよ……」
初めてこんなにも取り乱しているフロースを見た。今までずっと気丈に振る舞っていた彼女の中の何かが確実に崩れ落ちていた。
「……私、聞いちゃったんだ。お父さんとお母さん……ううん、それだけじゃなくって、皆、死んじゃったんだってさ。ずっと堪えていたら皆が幸福になるって信じてたのに…………ねぇ、教えてよアントス……私、何の為に生きているの……? 私の居場所は何処なの? 私、今まで何の為に頑張ってきたの……? ……もう、無理だよ」
秘密の場所なんてものは無くなった。戦火に呑まれて、彼女が生きてきた意味も、彼女が居た場所も、軌跡も……何もかもが消える。
残されたのは憎しみと、傷跡と、悲しみと、屍だけだった。