第6話 気になるあの子
入学式当日。新しい生活が始まる日にふさわしく、春らしくないほどに澄み切った青空だった。オリエンテーションと同じように、瑛一は頼輝と待ち合わせをし、これから毎日のように通うこととなる道を力強くこぎ進める。まさしく田舎としか言いようのない風景だが、そんな開けた空間を走り抜けるすがすがしい風は、二人の入学を祝うかのように心地よく、温かい。新品の着慣れない学ランは不器用に二人を包むが、それもだんだんと馴染んでいく。
「彩夏ちゃん元気してっかなー」
ぼそっ、と頼輝がつぶやいた。
「…誰?」
また好きな子でもできたのか?
「あ、いや、独り言だよ独り言」
頼輝は、思わず漏れてしまった心の声を友人に聞かれ、やっちまった、と言わんばかりの表情をしている。
これは、気になる。
「へー、今度の好きな子はあやかちゃんっていうのかー」
「ああ、そうだよそうですよ」
完全にやけくそになっている。いまさら無理な話だが、隠し通すつもりも全くないようだ。
「苗字とか教えてよ」
「お前、絶対探すだろ。まあ、苗字知らないけどな」
「なんで知らないんだよ」
「だって、ちゃんと話したわけじゃないし」
これだからこいつは…。
「はあ、何で話しかけなかったんだよ」
「だって、ほら、恥ずかしいし…」
もう何も言うまい。
頼輝はオリエンテーションで同じクラスになった女子生徒に完全に一目惚れしたらしい。
だが、中学時代と同じように、一歩目が踏み出せないでいるようだ。
何も言わないとはいえ、やはり気になることは気になってしまう。
「まったく、相変わらず一目惚れからの押しが弱いねえ。また振られちゃうんじゃない
の?」
「なんだよ、俺は高校生になったら変わってやるって心に決めてんだかんな!」
瑛一の上から目線な物言いが癇にさわったらしく、完全に躍起になっている。
「そういう瑛ちゃんはどうなんだよ。クラスにかわいい子いたんか?」
「別に」
「はあ?」
頼輝がすっとんきょうな声をあげる。さっきまでの憤りも冷めてしまったようだ。
「何でいないんだよ。全員ブスだったんか」
今の一言を聞かれたらおそらく全世界の女性を敵に回すことになるだろうが、今は二人
だけの会話だったおかげで、そうはならない。瑛一は、そんなことは気にせず、事実を話す。
「いや、隣の人とは話したけど、ほかの人と話してないし」
「ほう、お前も相変わらず友達出来ないんだな。で、そのお隣さんがお姫様ってことか」
頼輝は勝手に慎太郎をお姫様だと思い込み、どうも楽しそうにしている。
慎太郎と瑛一はあの後一緒に駐輪場まで行ったが、頼輝が来る前に別れてしまったため、
頼輝は慎太郎のことを知らないのだ。
「友達がいないのは百歩譲って許すとしよう。でも、隣は男だからな?」
頼輝は、せっかく冷やかすネタを見つけたのにつまんねえな、とでも言いたそうな顔をしている。そしてため息を一つついた後、つまらなそうに口を開く。
「で、ほかの人には目もくれないと」
「まあ―」
ふと、中庭で目が合った女子生徒の顔が思い浮かぶ。
いや、あれは偶然だ。
「どうした?まさか、隠してるんじゃないだろうな?俺はバレたのにお前が言わないのはナシだぞ」
いかにも不満気に頼輝が言う。
「いや、そういうわけじゃないけど」
「じゃあなんだよ」
「なんでもない」
まだ納得のいかない表情の頼輝を横目に、瑛一は大竜川にかかる橋の手前の上り坂を全力でこぎ始める。
「あ、おい、待てよ!」
後から追いかける頼輝のことなど気にせず、瑛一はこいでいく。
坂道でありながら、体はまるで誰かに押されているかのように軽く、前へ前へと進んでいった。
今週も投稿できました。よかった。
今回も読んでいただきありがとうございます。
また次回もお楽しみに!