第5話 涙と、そして
オリエンテーションが終わり、荷物をまとめる。午前中で終わったので、周りでは新しくできた友人とご飯に行く約束をしている人たちがたくさんいる。
何かの視線を感じてふと隣の席を見ると、慎太郎がなにか話したそうにこちらを見ていた。
「あのー、この後、お暇ですか…?」
慎太郎は、おそらくこの学校に来て初めて話したであろう人物と、友達になりたいのだった。それは瑛一も同じだ。しかし、瑛一は自宅にご飯が用意してあり、頼輝と帰る約束もあった。
「ごめんね、えっと、加藤さん、でいいのかな。ご飯うちに用意してあるんだ。あと、一緒に帰る人もいるから…」
「そうですか…」
「あ、でも、駐輪場までなら…?」
悲しそうにする慎太郎の顔を見て、思わずそう言ってしまう。
「いいんですか?」
慎太郎の表情が明るくなる。
「うん」
そうはいったものの、話題が見つからない。
そうだ、部活とか、どうだろう。
何となく思いついた、その「部活」という言葉について聞いてみる。
「加藤さんって、部活、何入るの?」
「部活、ですか」
少しためらい気味な反応。そして恥ずかしげに口を開く。
「実は、吹奏楽、やってみようと思ってまして…」
「吹奏楽…」
瑛一は思わず後悔してしまった。いくら吹奏楽とはいえ、音楽は音楽だ。どうしても敬遠してしまう。そんな瑛一の、聞かなければよかった、という思いを感じ取ったのか、慎太郎が慌てて返す。
「あっ、なにか、悪いことでも言いましたか…?」
「いや、大丈夫だよ」
「で、でも…」
慎太郎が申し訳なさそうにしているのを見ていると、素直に話ができないなどは言えない。ここで部活について聞いていなくても、結局は後で知ることになったのだ。それに、よくよく考えれば、拒絶しすぎだとも感じていた。いくら拒絶しようとも、なにかが良くなるわけではないのだ。
少しでも、良くなるように。
ここは、意を決して打ち明ける。
「実は、私もブラスバンドだけど、やってたんだ。少しなら、相談に乗れるかも」
意外なところで音楽仲間を見つけられてて嬉しかったのか、慎太郎はすぐに明るくなった。瑛一の、どこか固いような、なんとも言えないような表情など、気づいてもいない。
「…ありがとうございます!」
楽しそうな慎太郎に対し、少しひきつったような笑顔で返す。
ふと壁の時計を見ると、もう一時近くになろうとしている。教室の中もいつの間にか人がほとんどいなくなり、静まり返っている。
「とりあえず、歩きながら話そっか」
「はい!」
教室を出ると、また、新しい友人たちと話す外野の声が耳に響く。
慎太郎はトランペットに興味があるらしい。兄がこの吹奏楽部でトランペットを吹いていたらしく、それに憧れたのだそうだ。
「へえ、トランペットねぇ…」
「僕にできますかねぇ」
「大丈夫さ、誰だって最初は吹けないんだから」
そうだ、吹けないのは当たり前。
「教えてもらえれば、吹けるようになりますよね」
「そうだね」
教えてもらえれば…。
「大丈夫ですか?」
頬に何か熱いものが流れたように感じた。
「別に、大丈夫」
「で、でも…」
「いや、大丈夫だから」
慌てて袖でぬぐい、笑顔でごまかそうとする。
ふと視界に入った制服の袖は、ひときわ黒くしみがついていた。
「何でもないから」
結局、気まずい時間になってしまった。教室でのこともあり、話そうにもお互いに切り出せない。瑛一がただ歩くのに合わせて、慎太郎が横にくっついているだけだ。そんな二人を、周りは自分たちの視界から削除し、騒ぐばかりだった。
しかし、唯一瑛一に気づいた人物がいた。中庭で立ち止まって話している女子三人組の横を通り過ぎた時、瑛一と目が合った。一瞬の出来事だった。
「愛美、どうかした?」
「い、いや、何でもないよ。ところでさ―」
二人が通り過ぎた後、愛美と呼ばれた人物の明るい声が中庭に響き渡った。
今回も読んでいただきありがとうございます。
また次回(もしかしたら二週間後になるかもです、すみません…)もよろしくお願いします!