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青春の輝き―コルネット吹きの少年の物語―  作者: 楢崎沙來夜
第1幕 春︰運命の時、それは動き始める
2/7

第1話 合格発表にて

受験番号114番は…えーっと…あった!よかった」

春の暖かい風が吹き付ける中、瑛一は県立上ヶ丘高校のグラウンドにいた。

 受験番号を張り出した板の前に立つ瑛一の周りにも、その場を埋め尽くすように、たくさんの受験生や合格者の姿がある。一喜一憂、まさしく人生のルートを決めるイベントに自分が立っていることを実感せざるを得ない空気だった。

 早く母さんに報告しよう。

 人ごみをかきわけ、人の少ないと思っていた駐車場を目指すも、受験生の親と思しきいくつかの集団がたむろしている。今か今かと子供の帰りを待つ親は、一見親しげに話しているようで、間違いなく火花を散らしている。

 これじゃ、うるさくてしょうがないな…

 瑛一は仕方なしに、さらに離れたところにある中庭を目指した。校舎の第一棟と第二棟、それらをつなぐ二つの渡り廊下の間にある中庭には、瑛一と同じように、喧騒から逃げてきたであろう人たちがちらほらといた。電話をかけるには問題ないほどの静かさだった。

 場所を探しているとき、一人のがたいの良い背中が見える。

 あの後ろ姿は…

見覚えのある後ろ姿だったが、人違いだけは避けたい瑛一は、声をかけずに、携帯電話を手に取り、電話帳から見知った名前を探す。

プルル…ガチャッ

結果を今か今かと待ちわびていたであろう母は、すぐに出た。

 「どうだったの?大丈夫だったの?」

 電話越しに勢いよく質問を飛ばしてくる母に気圧されつつ、答える。

 「ちゃんとあったよ。大丈夫だって言ったじゃん」

 「本当に!?心配してたのよ!?」

 「だから、大丈夫だって…」

 必要以上に心配してくる母にあきれた瑛一がため息を漏らすと、母はようやく落ち着きを取り戻した。

 「ちょっと心配し過ぎたかしらね…。でも、これで父さんにいい報告ができるんだから、良かったじゃない」

 瑛一の心の中で停止していた何かが動く。

 受験期、母は瑛一を不安にしてはいけないと、父の話題は避けていた。だが、これで父に対して英太が真摯に向き合えると思い、口にしたのだった。

 「そうだね」

 瑛一は母の優しさにくぎを刺さないよう、あえて明るくふるまった。もちろんそこに真意などない。

 瑛一の真意に母は気づくはずもなく、話を続ける。

 「じゃあ明日にでも…」

 墓参り、ね…

 母が言うまでもなく、瑛一は言われるであろうことが容易に予測できた。

 お墓参りに行きましょう。

母がそう口にしようとした時、瑛一の視界に、見覚えのある後ろ姿の人物がこちらに向かってくるのが入り込んできた。

 間違いない、あいつだ、助かった。

 「わかった、友達いたから、あとで」

 何か言われることを覚悟した瑛一だったが、母は疑いもせず息子の言葉を丸飲みにする。

 「あら、遅くならないように帰ってくるのよ」

 「わかった。じゃ」

 少々強引に電話を切り、その人物の方を見やる。

 「よう、瑛ちゃん。もちろん受かったよな?」

聞き覚えのある声。

 瑛一が見た人物は間違っていなかった。中学時代の友人である三島頼輝だ。元々友人の少ない瑛一にとっては数少ない心を開ける人物だった。

「もちろんだよ。ヨッシーも受かったよな?」

 「俺が落ちるわけねえだろって!」

 バシッ、と頼輝が笑いながら瑛一の肩をたたく。あまりの強さに、瑛一は思わずよろけてしまった。

 「痛いって!」

 「お、わりいわりい」

 頼輝は申し訳なさそうにしながらも、どこか楽しそうにしている。

 相変わらず手加減しないなあ、まったく…。

 容赦のない痛みに耐えつつも、瑛一は笑顔で友人との再会を楽しんでいた。

 「瑛ちゃん、この後、暇か?」

 頼輝が嬉しそうに聞いてくる。

 暇といえば暇だけど…。そういえば、貰うものを貰ってなかったな。

 いわゆる「自称進学校」と位置付けられる上ヶ丘高校では、合格者に早速課題が配布されるのだ。瑛一は、まだそれを受け取りに行っていなかった。

 「そういえばさ、配布物?か何かがあるらしいんだけど、もう貰ってる?」

 瑛一が思い出したように言うと、頼輝はすっかり忘れていたと言わんばかりの表情だった。

 「やべっ、すっかり忘れて帰るとこだった」

 「おいおい…」

 まったく、一番重要なものじゃないか…。

 「取りに行こう」

 瑛一は頼輝が答える前にさっさと歩きだす。

 「ぶはっ、ちょっと、待ってくれよ!」

 いつ取りだしたのか、水筒の水を飲んでいた頼輝があわてて追いかけてくる。

 再び校庭に戻ると、掲示板の前の人はまばらになり、今度は、封筒が置かれた長机を先頭に長い列が二本続いている。

 瑛一、がどちらが短いのか立ち止まって考えていると、そんな瑛一のことはお構いなしに、頼輝が近い方の列に並ぶ。

 「ほら、早く来いよ!」

 頼輝に呼ばれ、あきれながらも、瑛一は隣に並んだ。

 「せっかくどっちが短いのか考えてたのに」

 「別にいいだろ、そんなこと」

 相変わらず適当だな…。

 合格者が二百八十人もいるせいなのか、全員が並んでいないにせよ、なかなか進まない。

 「それにしても、人が多いな」

 「そうだね、―」

 頼輝と他愛のない会話をしつつ、何となく周りを見渡す。

 初対面で連絡先を交換する人、中学時代の同級生に声をかける人、寝坊したのか、慌てて友人の所に行く人…。いろんな人がいる。本当にこの中でやっていけるのか瑛一は不安だったが、頼輝がいるなら…。と思う部分もあった。そんな瑛一の考えを知ってか知らなくてか、頼輝は楽しそうに話している。

 「この辺にうまいラーメン屋あるかな?」

 ようやく順番が回ってきた。封筒に入った課題と連絡事項の書かれた書類を受け取って、そそくさとその場を離れる。

 体育館の裏を周り、人が少なくなった駐車場に出ると、頼輝が、今日一番楽しみにしていたであろうことを口に出す。

 「瑛ちゃんこの後暇か?」

 やっとこの時が来たかといううれしそうな表情だ。

 ヨッシーのことだから、きっと腹が減ったんだろうな。

 「ラーメン」

 ストレートな回答に頼輝も少し驚いたようだったが、すぐに笑いながら返す。

 「…なんだ、わかってんじゃん」

 「さっき言ってただろ」

 こちらも笑いながら、英太が答えた。

 「あ、そっか」

 「まったく…」

 あきれたと言わんばかりの大きなため息をつく瑛一をよそに、頼輝はノリノリだ。

 駐車場をまっすぐ抜けると、駐輪場に着く。頼輝の自転車は瑛一の自転車よりも離れたところに止めてある。お互い瑛一の自転車に前に止まると、にやにやしながら頼輝が切り出した。

 「さて、どこのラーメン屋に行きましょうか、瑛一さん?」

 「ヨッシー、この辺詳しいの?」

 「全然」

 頼輝が肩をすくめ、笑いながら返す。そして、逃げるように自転車を取りに行ってしまった。

 …はあ。

 瑛一は仕方なく携帯電話を取り出し、近くのラーメン屋を調べながら、頼輝の帰りを待つことにした。


二日続けて投稿させていただきました。

本日も読んでいただきありがとうございます。

いよいよ本編に入ります。

楽しんでいただければ幸いです。

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