第86小節
わたしは明日の朝、このホテルにさよならすることにした。
支配人がいうには、アルバイトに関しての給与とソロの演奏会の謝礼とは別のかたちになるので、支払いのほうはいましばらく待ってほしいとのことだった。
わたしはもうじゅうぶんな、というより破格な謝礼をいただいているので、いつでもいいです、と答えた。
もちろん前段の破格な謝礼の部分はいわなかったけれど。
けっきょくのところ、わたしはお金をあまり使わなかった。
使ったのはパンケーキを食べにとなり町に行ったときくらいだった。
最後に少しだけでも夏らしいことをしようと、ホテルのフロントにお願いしてストライプ柄のビーチパラソルを借りた。
夏はまだ夏のままだった。
この2週間わたしは外出するときはほとんど麦わら帽子にワンピースというおなじ格好で過ごした。
変わったのは、ワンピースの色と、その模様くらい。
かさばるからそれらしか持ってこなかったけど、そろそろ違う格好もしてみたかった。
わたしはビーチパラソルの下で砂浜にバスタオルを敷いてその上に座り、飲料水が入ったバッグをすぐ横に置いて、居座る夏の空とキラキラと白く輝く海を眺めていた。
ビーチにはわたしだけだった。
帰ってから何をしようかと考えた。
ピアノの練習にあのマンションを使わない手もないなと思った。
でも父や母にはどうゆうふうに説明したらいいのかな?
説明したらどんな反応が返ってくるのだろう。
わたしからのほうがいいのかな。
いやわざわざ理事長にいってもらうなんてね、そんなこと。
う~ん。
いっそ、黙ってよっか。
いやいや。
わからない。
ほんとにどうしよう。
せっかくのこの景色なんだからとにかくいまは楽しいことだけを考えようとそのことは保留にした。
支配人のお給料の話。
別のかたちって。
それはもらっていいものだろうか。
わたしはあまりにも大事なものをもらった。
こんな貴重な経験をさせてもらえたうえに、お金なんて。
でも断るのもちがうような気がするし。
そうだ。
父と母にあんなに心配かけたんだからそのことに使えばいいんだ。
とわたしはその話はそこへと帰結させた。
わたしは旅はもういいかな。
そうそう、じぶん用には、80年代アイドルの手に入れることができずにいたコンプリートアルバムがあったからそれにしようと決めた。
ネットではけっこう高額な値段になっていたから手がでなかったけど、いいよね。
ごほうび。
ごほうび。
そのとき、声がした。
クレアの声だった。




