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譜めくりの恋  作者: ゆぶ
78/95

第78小節



 クレアの3回目。

 

 この演奏会ではこれが彼女の最後の演奏になる。


 譜めくりとしてわたしはクレアのすぐそばにいる。


 思えばこんなに近くでクレアのピアノ聴くことはなかった。


 クレアの演奏の最後のページをめくり終えて、もうわたしの今日の仕事はなかった。


 この場所からわたしは何気なくお客さんたちを見た。


 もちろん自分が弾いているときは見れない。


 譜めくりをしているときも譜面から目がはなせない。


 クレアの過去2回の譜めくりも、クレアのピアノと音符の融合に目を奪われていて客席を見る余裕はなかった。


 客席のその光景にわたしは釘づけになった。

 

 お客さんの顔がみんな優しかった。


 彼女の音色が、みんなの心をふわりとさせているみたいだった。


 そうなのね、クレア。


 きっとあなたは、最初の1音で観客をとりこにしてしまっているんでしょうね。


 それがいまのあなたのピアノ。


 そんな魔法のようなチカラを持ったあなたに、いまのわたしが勝てるはずがないわよね。


 癒しのような、勇気のような、その音色。


 それは、わたしが伝えようとした彼の音とはまるで違うものだと感じた。


 わたしはわたしなりに生きるよろこびを伝えようとした。


 それが彼の、なぜ、に対する答えだと思った。


 海シリーズのⅢはⅠとⅥを輝かせているから好きだと、わたしは彼のなぜの問いに最初にそう答えた。


 確かに、Ⅲのなかにある種がⅠやⅥに受け継がれて成長しているといった要素はあった。


 それをじぶんとクレアにたとえて、わたしはじぶんを悲劇のヒロインとして見ていた。


 わたしはⅢで、ⅠかⅥがクレアなんだと。


 しかし真のⅢのメッセージはそうではなかった。


 そこにある悲しみは同情を誘うものではなく、それは生きている実感をあたえるものだったのだ。


 頭ではじぶんを悲劇のヒロインとして正当化していたわたし。


 彼が頭でっかちといったわけだ。


 でもこころが呼応していたのはその実感だった。


 コンクールへの自信をうしない、ピアノを弾く目的も理由さえもなくしていたわたしが求めていたものがそれだった。


 彼のなぜが、わたしにそれを気づかせてくれた。


 そしてクレアが伝えようとしていたもの。


 それはきっと、祈りだった。


 そのためにクレアは、彼のためにじぶんができることは何でもしたかったんだと思う。


 わたしのために譜めくりの代役を買ってでたわけではない。


 しかし彼がほんとうに、じぶんがあの日の少女だということをおぼえていないのかどうかクレアは不安だったに違いない。


 もしおぼえていたら、クレアがいることで彼は否応なしに婚約者の彼女のことを思い出してしまうから。


 それでもクレアは何かをしたかったのだろう。


 そうしなければならないほどの精神状態だったのかもしれない。


 彼がアルバムを次々と大ヒットさせたことはクレアにとってもうれしいニュースだったはず。


 けどそのあとの沈黙の3年間はどうだっただろう。


 何かしたいけど何もできない。


 もどかしく流れてゆく時間をただ見つめることだけしかできない。


 そんな日々の連続の3年間だったのかもしれない。


 そう考えるとクレアの行動もうなずける。


 いや。

 

 ちょっと待って。


 違う。


 その3年間。


 その沈黙の3年間のあいだに彼はクレアの誕生日に曲をプレゼントしている。


 彼女の16歳の誕生日に。


 正確にはクレアの誕生日は11月だから、約2年9ヶ月まえに。


 それ以降、彼は曲を発表していない。


 ぴたっと止まってしまっている。


 まるでエネルギーを使い果たしてしまったかのように。


 それ以降、わたしはクレアに勝てないでいる。


 もしかしたら……


 その曲がクレアを変えたのだろうか。


 もしそうなら、その曲の何がそうさせたのだろう。


 その曲は、彼が見たクレア自身だと彼女はいった。


 そしてそれは、わたしと出逢ってからの彼女だとも。


 そっか。


 彼はクレアを見ていたのだ。


 このまえのわたしのコンクールでの演奏も聴いていた。


 コンクールもかかさず見ていたのかもしれない。


 クレアはその曲にそのことを感じたのではないだろうか。

 

 ずっと見守っていてくれていたんだとわかったクレアはどんなにうれしかっただろう。


 だったらクレアのこの一連の行動は彼にささげる感謝だったといえなくもない。


 ひょっとしたらわたしを選んだのも、クレアのライバルのままでいてほしいという彼のある意味わたしへの個人レッスンだった、と思うのは考えすぎだろうか?


 ううん。


 またわたしは負けていることを正当化しようとしているね。


 でもね。


 その曲のせいにはしない。


 できない。


 なぜなら。


 彼をそうさせたのは、クレア、あなたがピアノに向かう、その姿だったと思うから。


 そこに込めつづけた、願いだったと思うから。


 わたしが感じる祈りの音色の、それが、答え……


 けれど……


 これはあくまでもわたしの想像でしかない。


 想像してしまう。


 いろいろと。

    

 彼にあんなことが起こったから。


 だからこうゆう場合だってありうると、わたしはどこかで思ってもいる。


 わたしの知らない彼の異変があって、まわりがそうせざるをえないような状況が生まれていた、というもの。


 彼に気づかれないように。


 あくまで偶然をよそおって。


 わたしと彼以外のみんなで、何かが起きないようにと。


 だけどこれも、想像でしかない。


 わたしには、ここでいま何が起きているのか、ただ想像することしかできない。


 わたしにあたえらてるピースはあまりにも少なくて、全体像がどんなものなのか想像でうめるしかなかった。


 けれどただひとつ、絶対的な事実がある。


 わたしが最初に、ピースを置いた。


 それは譜めくりのアルバイトを、私自身が決めたということ。

  

 誰かの指示によって決めたわけではない。


 掲示板に貼られていた夏のアルバイト募集のなかから、わたしが選んだ。


 わたしがそうしたいと思い決断したことだ。


 それがクレアの過去を知ることとなり、わたしのピアノの問題点があきらかになってゆき、そしてわたしたちふたりは連弾することとなった。


 すべてはわたしの決断からはじまったことなのだ。 


 これはわたしの必然だったのか。


 それともクレアの。

  

 それとも、彼の……






 




 

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