第74小節
わたしの2回目。
1回目の演奏に満足していたわけではなかった。
ああすればよかったという細かい反省点はあった。
全体的にいえばおおきな失敗はなく無難に終わった。
いまのじぶんにプレッシャーはかけまいとしていたから、1回目はそれでいいと思っていた。
でもクレアの演奏を聴いて、負けられないと思った。
その程度の姿勢ではとても勝負にならない彼女の完成度だった。
わたしはより精度をあげるため曲は変えないことにした。
クレアのピアノのどこに、何ともいえない劣等感とたぎるような闘志を感じたのか、わたしは一晩中考えていた。
気づいたのは、クレアの特徴のひとつであるダイナミックさが影をひそめていた点だった。
そのかわりに、息の長いフレーズによるところがおおきいのだとは思うのだけれど(そういう曲を選曲できるという意味でも)彼女にはすでに成熟した凜とした落ち着きのようなものがそなわっているように感じられた。
その落ち着きは、彼女特有のおおらかなダイナミックさを、青白く燃える情熱といったものに変えているようにわたしには思えた。
ゆるぎないものがクレアのなかで生まれたということなのだろうか。
それを真似するわけにはいかなかった。
だいいち真似できるものでもない。
わたしはニュアンスを変えてみることにした。
そうすることでより音色をゆたかにできると思ったからだった。
それは、希望とか夢のような色合いだった。
それが1回目を終えたわたしのいちばん近くにいて、いちばん身近にいるもっともリアルな感情で、いま素直に表現できるものがわたしのなかにはそれ以外にはなかったからだった。




