第66小節
朝起きると、いつもは夏の明るさではっきりしていた部屋の様子が不鮮明にかすんで見えた。
昨夜のことみたいに。
そういえば台風はどうなったのかな。
台風は直撃はしないものの、進路予想コースのすぐ近くにこの地域はあった。
テレビで確認すると、ここへの最接近の時刻は夕方頃だった。
雨はまだ降っていなかった。
わたしは朝食はとらずにホールに向かった。
約束の時間にはまだ少しはやかった。
そうすべきなように、足がホールへと向かわせた。
扉のまえにクレアがいた。
わたしがくるのをそこで待っていたようだった。
どこか神妙な顔をしていたので何かあったことはすぐにわかった。
クレアに誘われるままわたしはホール横の控え室に入った。
ソファーにわたしは座り、クレアは向かいのソファーには座らずに鏡台の椅子に座った。
「昨日の夜ね」
とクレアがいった。
「うん」
「彼が倒れて、入院したの」
「入院?」
「そう」
「だって」
「ん?」
「昨日の夜、わたし会ったけど」
「どこで?」
「そこの桟橋で」
「何時くらい?」
「10時くらいだったと思う」
「何してたの?」
「わたし?」
「あなたたち」
「別に変なことしてないわよ」
「それはわかってるけど」
「話せば長くなるんだけど、要するにあれ、何だっけ、そうそう、虫の知らせってやつに限りなく近くてそれに当てはまる感じなんだけどね、実際、桟橋に行ったのは」
「虫の知らせ?」
「そう」
「でそのとき何を話したの?」
「何話したっけ。うんと。パンケーキはからだからのサインみたいな話だったっけな」
「パンケーキはからだからのサイン」
わたしは聞きたくないニュースをさきのばしするようにしてしゃべった。
「え~と。あれよ、死ぬほど食べたいものってからだが要求しているものだから、不足しているものをおぎなうってゆう意味ももちろんあるんだけど、それより大事なことはそのことにちゃんと向き合って満たしてあげることが大切で、それは心のほうをきちんと癒すことにほんとうの意味と目的がある、みたいなこと、だっと思う。わかる?」
「まあ、何となく」
「もう一回いわせてくれたら、もっとうまくいえる」
「じゅうぶんわかったから」
「ならいいけど」
「変な様子はなかった?」
「特には」
「そう」
「あっ」
「えっ」
「そういえば、おかしなこといってたかな」
「おかしなこと?」
「何かね、今日のような気がしてとか」
「今日のような気がして」
「わたし、気になって聞き返したら、曲が完成する日だって意味だったらしくて」
「ちょっと、気になるわね」
「うん」
「う~ん」
「病気?」
「ん?」
「彼」
「ああ」
「……」
「薬を飲みすぎたみたいなの」




