第50小節
ほんとうに10分するとホールの扉がひらいて調律師さんがでてきた。
ガラス越しの森の上にある夏空を眺めていたわたしは、ガラスに映ったその様子に気づいてふり向いた。
「ああ、すいません」
と調律師さんはいった。
「いえ、こちらこそ、すみません」
「どうぞ」
「いいですか?」
「いいですよ」
「どうも」
とわたしが扉をあけようとしたときだった。
「あの」
と調律師さんが声をかけた。
「はい?」
とわたしはいって顔だけふり返った。
「牧野美風さん、ですよね」
「そうですけど」
とわたしはいうと調律師さんにぴょんとからだを向けた。
「やっぱり」
「どこかで」
「いえいえ。わたしたちのあいだではあれですから」
「あれ」
「あ、ごめんなさい。アイドルですから」
「誰がですか?」
「あなたが」
「わたしが?」
「はい」
「アイドル」
「そうです」
「調律師さんのあいだではって意味ですか?」
「それはもうそれはもう」
「ほんとですかぁ?」
「ほんとです。大人気です。それでさっきはとんでもなく驚いてしまって、頭がもう突然まっしろになってしまって」
「それで」
「えっ」
「いいえ」
「こちらで会えるなんて」
「それはどうも。あの」
「はい」
「わたし、アイドルとしてまだいけますか?」
「はい?」
「わたし、アイドルとしてまだだいしょうぶな感じですか?」
「そりゃもうパーフェクトですよ」
「もうあとちょっとで19になっちゃうんですよね、わたし」
「えー、まだ18にしか見えませんよ」
わたしは無表情で調律師さんをじっと見つめた。
調律師さんはなぜか息をのんでかまえていた。
「おもしろい!」
とわたしはいった。
「よかった。いま殺されるのかと思いましたよ」
といって調律師さんは胸をなで下ろしていた。
「まさかぁ、おおげさですよ。それじゃあ」
といってわたしはホールのなかへと入っていった。




