第5小節
担当の女性スタッフに案内されて部屋に入った。
2階の廊下の突きあたりにあるツインの部屋だった。
ホテルの向こうに見えた桟橋側の部屋。
担当の女性スタッフは島田さん。
島田さんは用事があるときや何か聞きたいことなどがあったら遠慮なくフロントに電話して下さいと、カーテンをあけながらいった。
ある程度の説明を終えた島田さんが去ると、まずわたしは窓からの景色を眺めた。
窓からの景色の左はんぶんは木立ちがあって、それによって桟橋は隠れて見えなかった。
右はんぶんはどこまでもつづく浜辺と真っ青な海が見渡せた。
それからわたしは部屋のすみに置かれたふたつの大きな旅行ケースをあけて、じぶんの部屋らしくするために時間をかけて私物を好みの場所へと配置していった。
あれはこっちかな。
やっぱりこれはあっちだな。
ひとつ迷いはじめたらほかのものも気になってくる。
きりがないのでひとまずはといったところの配置をし終わると、のどが乾いたので冷蔵庫をあけてみた。
そこにあったのはホテルによく置いてあるワンボックスの冷蔵庫ではなく、ひとり暮らしサイズの真っ赤な冷蔵庫だった。
なかにはペットボトルとパック入りの飲み物がびっしりと入れてあった。
ミネラルウォーターにお茶にさまざな果汁飲料。
わたしは迷ったあげく、最終的にはどれにしようかなと指で選んで、それでパック入りのオレンジジュースを手に取った。
立ったままで、付いてたストローをさしてひとくち飲んで、すぐさまもうひとくち飲んで、それからパックに書かれてある販売者などをまじまじと見た。
そうしてしまうくらい美味しかった。
そこには、はじめて見るメーカー名が印字されていた。
そこの住所はこのホテルのものと途中までおなじだった。
一応、ホテルの住所は万が一のときのためおぼえている。
ご当地飲料ってやつかな?
それとも地域限定ってやつ?
それにしたってオレンジジュースってこんなに深い味わいがあったっけ。
まるで宇宙じゃん。
表現があれで伝わらないかもだけど、とにかくそれはオレンジジュースの本来の味をしらしめる美味しさだった。
わたしは飲み終わったらパックをきれいにひろげて、洗って、拭いて、そしてたたんで、それを記念に持って帰ろうとシミュレーションした。
わたしは窓をあけてからベッドに腰掛けた。
なまぬるい風が入ってきた。
それとひきかえに、波音も。
わたしはBGMのように聴こえてくる波音に耳を傾けながら、のこりのオレンジジュースをじっくりと味わって飲んだ。
それにしたって。
妄想のなかには登場しなかったピアニスト。
野崎京介。
まさか、あの野崎京介だなんて。
わたしはよろこびのあまり肩をすぼめてぐふふふふふと笑った。