第49小節
3日目も無事に終わった。
いわれた通りわたしは機械的に譜めくりをした。
それでいい、と終わったとき彼はいってくれた。
譜めくりのこうあるべきとか、こうしなければならないといったそうした重しがとれたせいか、わたしもプレコンサートをしたくなった。
彼の海シリーズのなかにはほかにも、演奏会での演目には入っていなくてもわたしのお気に入りの曲があったので、それを弾きたいと思った。
実はわたしはその曲(Ⅴの第1~第3楽章)をアイドルポップス風に(第1楽章は誰々風にといった具合に)勝手にアレンジしていたことがあった。
それを思い出して、その夜カラオケルームには行かずに、フロントに頼んで何枚かコピーしてもらった楽譜に作ったアレンジを加えてゆくという作業をわたしは深夜までつづけていた。
さっそくそれを練習したかったので、朝食まえにホールへと向かった。
ホールに入ると、30代後半くらいのぽっちゃりした男性がピアノを調律していた。
男性はびっくりした様子で、固まっていた。
「あっ、ごめんなさい」
とわたしはいった。
「わっ!」
と調律師はあらためて驚きを表現した。
「いや。あの、ごめんなさい。驚かせるつもりじゃ」
「えっ」
「あっ、あの、わたし、演奏会で譜めくりをしている」
「ああ」
「はい」
「ども」
「どうも」
「えっ」
「あっ、あの、練習しようと思って、ピアノ」
「ああ」
「はい」
「でも」
「ですよね。調律してるところですものね」
「じっぷん」
「はい?」
「あとじっぷんで」
「あとじっぷんで……ああ、あと10分で」
「ちょっと待っててくれたら」
「わかりました。外のフロアで待ってますから」
「そとのふろからあがってますから?」
「ん?」
「えっ」
「えっ」
「あとじっぷんで」
「ああ、わかりました」
わたしはロビーで待つことにした。
ああ、フロアとはいわずにロビーといったほうがいいのだとそのとき思った。




