第46小節
朝食をレストランでとりはじめて少ししたら、突然目のまえの席にジャージ姿の少年がおはようございますといって座った。
「あら」
とわたしはいった。
「今日のパンはどうですか?」
「うん。いつものように美味しい」
「よかったです」
「朝練?」
「ええ」
「そう」
「ぼくここの朝食フリーパスなんです」
「へえ~」
「朝練の帰りにはたいていきてます」
「もう食べたの?」
「はい」
「学校は近くなの?」
「ここから1キロくらいかな」
「ふ~ん」
「おばあさまの具合はどう?」
「何だか原因がわからないみたいで」
「心配ね」
「ええ」
「またおしゃべりしたいって、いってたって、ねっ」
「はい、伝えておきます」
そこへ、支配人がやってきた。
食べすぎではなかったけどやってきた。
「おはようございます」
と支配人はいった。
わたしたちは、おはようございますとあいさつした。
「真田くんとはお知り合いだったんですか?」
と支配人がわたしに聞いた。
「ああ、たまたまあの桟橋で少しお話ししてから、ねっ」
「はい」
と少年。
「そうでしたか」
「支配人とはスイミングスクール仲間なんです」
と少年はいうと支配人とハイタッチした。
「へえ~、もしかして、そのスイミングスクールはこちらとおなじくグループの系列ですか?」
とわたしは聞いた。
「そうです」
と支配人は答えた。
「なるほど」
「となり町にあるんですけどね。わたしもその町に住んでいるものですからよく」
「そうだったんですね」
「あなたはいまもそのスイミングスクールに?」
てわたしは少年に聞いた。
「ええ、学校のが使えないときなんかは」
と少年は答えた。
「そっか。夏以外はそうよね」
「はい」
「じゃあ、もしオリンピックで金メダルなんか獲ったら、ものすごいスクールの宣伝になるわね」
「期待してます」
と支配人は声を張った。
「金メダルはどうかな」
と少年は首をかしげた。
「ねえ」
とわたしはいった。「もし獲って、わたしも国際コンクールで優勝したらこのホテルで対談しない? あっ、わたしピアニストなんだけどね。柊学園のね。わたしもあなたを指名するし、あなたもわたしを指名して、ねっ」
「いいですね。かならずそうします」
と少年は目をかがやかせた。
「それは素晴らしい」
と支配人が拍手した。
「そのときはこちらのホテル使わせて下さい」
とわたしは頼んだ。「できたら対談は専用ラウンジで」
「かしこまりました」
と支配人は軽くお辞儀した。
「じゃあ、約束」
といってわたしは小指を少年に差しだした。
少年は恥ずかしそうに小指を差しだして、わたしたちは指切りげんまんをした。
支配人も小指を差しだしてきたので、わたしは、ああ、となって支配人ともした。
支配人と少年はおたがい躊躇して、しなかった。
ハイタッチはしたのに、とわたしは思った。




