第45小節
ベッドのなかでわたしは彼の言葉を考えていた。
同期。
わたしのテンポ。
あるべきプロセス。
だけど、あの感じた自由はたまらなく魅力的だった。
まだわたしのなかに彼のテンポは生きているのだろうか。
明日の朝も、弾いてみるべきか、否か。
何だか確かめることが怖くもあった。
うしないたくない、という思いもあったから。
しかし、彼がわたしのためを思っていってくれたことを無視することはできない。
ふたつの思いが、めまぐるしく、ぐるぐるとまわっていた。
これではまた明け方近くまで眠れない。
体調をくずして彼やクレアに迷惑はかけられない。
ここまでせっかく順調にきているのだから。
そこでわたしは他のことに意識を向けることにした。
気になっていたことがあった。
少年がいった信仰。
クレアがいった伝説。
わたしはこの地方の伝承や昔話をスマホでググってみた。
ひとつそれらしきものがあった。
やはり人魚に関するものだった……
村に心優しい漁師の青年がいた。
彼は両親や親戚を戦で亡くし天涯孤独の身だった。
青年が浜辺にいるとそこへ美しい女性があらわれた。
話してみると、どうやらその女性は記憶喪失になっているようだった。
青年は女性と暮らしはじめた。
しかししあわせな日々は長くはつづかなかった。
うわさを聞いてやってきた若い殿様が、うわさ通りの彼女の美しさに惚れて妻にしたいと申し込んだのだった。
とうぜん青年はこばんだ。
しかし殿様はあきらめず、しまいには村に重い税をかけはじめるしまつだった。
これでは生きてはいけないと村人たちは訴えたが、それをなくす条件はただひとつ、彼女との結婚だった。
それでもこばみつづける青年に業を煮やし、村人たちは青年の家や船に火をつけた。
ふたりは何とか命だけは助かったが、それ以外はすべてうしなった。
しだいに常軌を逸していった村人たちはついに青年の命をねらいだした。
海辺に追いつめられたふたり。
迫る村人たち。
そこで女性は着物の帯をほどいて海に飛び込んだ。
海からふたたびあらわれた女性は青年のすぐそばまでくると尾びれをはためかせた。
青年も村人たちもあ然とするばかりだった。
女性は青年に悲しみの表情をのこして海のなかに消えた。
それからすぐにこの地方を伝染病がおそった。
そしてその村では青年だけが生きのこった。
青年はもういちどだけ彼女に会いたいと、そうしたら死んでもかまわないと、毎日毎日浜辺にたたずんで海を眺めていた。
けれど、彼女はあらわれなかった。
青年は白髪になり、やがて腰もまがった。
そしてついに命が尽きる日がきた。
浜辺に座ったまま息をひきとった老人のからだが消えると、そこには一羽の海鳥のひなが羽をばたつかせていた。
その海鳥は、命が尽きると悟った夏の終わりに、水平線の向こうへと飛び立っていく。
あくる日の浜辺には、ふたたびひなが、羽をばたつかせていた。
それを、いまでもくりかえしているという……




