第36小節
いつしか眠っていた。
まぶたがくっついていて、手でこすって目をあけた。
今日の天気は快晴だったが真っ白な雲もおおかった。
いつもは眠るときにあけていた窓も閉めたままだった。
あけた窓からの風が心地よかった。
気分はいつになくおだやかだった。
わたしはワンピースに着替えて散歩にでかけた。
手ぶらででかけた。
そうしたかった。
朝の桟橋には誰もいなかった。
わたしはテラス部分にある屋根付きのベンチに座って凪の海を見つめていた。
足音がしたのでふり向くと、いつもの老婦人がきていた。
わたしが会釈すると、老婦人も会釈した。
「おとなりいいかしら?」
と老婦人はいった。
「はい」
とわたしは答えた。
老婦人はとなりにやわらかく座った。
「気持ちのよい朝ね」
「ええ、ほんとに」
「夏の朝が好きなの」
「わたしもです」
「そう」
「はい」
「何だか、ずいぶん晴れやかなお顔をしていらっしゃるわ」
「わたしですか?」
「ええ」
「そうですか」
「何かいいことがあったのかしら」
「そうですね」
「それはうらやましい」
「このところ、あまりいいことなかったんですけどね」
「そうなの?」
「ええ、まあ、スランプとゆうか、何というか」
「そう」
「はい」
「失礼だけど、お嬢さんはおいくつ?」
「ああ、あと少ししたら19歳になります」
「あらまあ、それはおめでとう」
「ありがとうございます」
「来年はいよいよ大人の仲間入りってことね」
「そうなりますね。まだまだそうなりたくはないって思うところも実際あったりはするんですけど」
「わたしもそうだった」
「そうですか」
「ずっとね……」
「ええ」
「大人になんかならずに、ずっとずっとおとぎの国で遊んでいたかったって」
「ああ、何かわかります」
「でも、無理して大人になる必要はないと思うの」
「はい」
「誰かを悲しませなかったら、それでいいと思うの」
「はい」
「人生は、そのための戦いだから」
「あ、はい」
「あら、何だか説教くさくなっちゃって、いやだわ、そんなつもりじゃなかったんだけど、ごめんなさいね」
「いえ」
「これだから大人はいやよね」
老婦人はそういって上品に笑うと海を見つめた。
わたしも見つめた。
朝陽にキラキラ、海も笑っているように見えた。




