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譜めくりの恋  作者: ゆぶ
17/95

第17小節



 クレアとはじめて会ったのは小学生の頃。


 その頃わたしは小学生を対象とした国内のピアノコンクールにでまくっていた。


 それらのコンクールにはたいてい同学年の彼女がいた。


 わたしはそのすべてのコンクールで優勝し、わたしが優勝したコンクールのすべてで彼女が2位だった。


 小学校を卒業すると、わたしは学費免除の特待生として大学までつづく音楽の一貫校である柊学園に入学した。


 開校してまもない学校だった。


 木材を多用したぬくもりがあっておしゃれな校舎や、有名デザイナーに依頼したカワイイ制服がとても魅力的だった。


 中学のピアノ科のクラスメイトにクレアがいた。


 クレアはこの学園を経営する一族の人間だった。


 彼女が資産家のお嬢様であることは知っていた。


 学園への入学を考慮する際、学園からの熱心な誘いを受けていたわたしは、彼女が学園の理事長の孫娘であることを知っていじめにあうかもしれないと最初は断った。


 そうしたあと、午後のホームルームで教室にいると放送が流れ、わたしは校長室に呼びだされた。


 その時期、家にはスカウトの人がけっこう訪ねてきていた。


 たぶん学校にも話はきていたと思う。


 校長室に入ると、そこには校長先生とクレアとクレアのお母さんがいた。


 ふたりを見た瞬間に話はだいたい想像できた。


 断った直後だったから。


 同級生がスカウトにくるなんて。


 しかも、学校に直接。

 

 美人なクレアのお母さんのせいか校長先生の顔が見たことないような真っ赤な色をしていた。


 いつもコンクールで見かけていたのでクレアのお母さんとも顔なじみではあった。


 校長先生はクレアのお母さんを柊学園の理事だと紹介した。


 わたしはクレアと話をしたことは一度もなかった。


 わたしとクレアは校長室にふたりだけにされた。


 お見合いみたいだね、と冗談をいってみたけれど、クレアの顔はいたって真剣だった。


 わたしたちは住む世界が違うから話すことはあまりないだろうなと思っていた。


 しかしいざ話してみると、意外なほど話題は尽きなかった。


 それというのはピアノという共通項もさることながら、やはりおなじ時間、おなじ場所、おなじ空間をともにしていたことが大きかったように思う。


 1時間以上話していた、と思った。


 だけど実際はそのはんぶんの時間もしていなかった。


 帰宅したわたしは学園への入学を母に告げた。


 いまでは彼女はわたしとまるで幼なじみのように接してくれているし、わたしもそんな彼女を心から尊敬している。


 どこかで戦友としてたたえあっていると思うし、学園内でいちばん話す相手がクレアだった。


 けど校長室で話して以来、クレアとピアノの話をすることはほとんどなかった。


 そこにはまだライバルとしての壁がある。


 それはいまでも変わらない。


 ピアノの話を避けているというより、ことばで競い合うのはちがうとお互いにわかっているからだと思う。


 本格的に仲よくなった、というか、ほんとうにフランクに話せるようになったきっかけは、わたしが彼女にはじめて負けたときだった。


 それは高校生を対象とした国内最大のコンクールだった。


 彼女のピアノの上達はそばで見ていて感じていたし、脅威にも思っていたし、全国を見渡してみてもいちばんのライバルは彼女だろうと認識もしていた。


 けれど勝つのわたしだし、中学生時代も連勝記録をのばしていたし、そういったいままでの結果からしても優勝に絶対的な自信を持っていたし、負けるなんて想像もしていなかったわけで、その確信はゆるぎないものして何も疑うことのないままわたしのなかにあった。


 しかし結果は、彼女が優勝し、わたしは2位だった。


 正直にいえばそれまでの彼女との関係は、わたしが常にピアノで優位であることがわたしにとっての唯一のよりどころではあった。


 彼女はとびっきりの美人だし、性格は明るいし、人柄もいいし、しかも理事長の孫娘であって、まさに学園の宝のような存在だった。


 わたしが彼女に対して優位に立てるものはピアノしかなかった。


 その前提が崩れた。


 わたしの精神状態は思う以上におかしくなった。


 わたしは学園をしばらく休むほど落ち込んだ。


 優勝しなかったことより彼女に負けたことのほうがわたしにとっては意味が大きかった。


 思う以上にわたしは彼女のことが大好きだった。


 その気持ちに、あるいはその関係に変化が起きることがたまらなく嫌だったんだと思う。


 父と母はいろんな人に相談し、ついには本気で入院をすすめるほどだった。


 そんなある日、彼女が家まで訪ねてきた。


 彼女には行動に移す、そういう血が流れているようだった。


 地方公務員の父と専業主婦の母(ふたりは同級生)とひとり娘であるわたしが暮らす新興住宅地に建ったまだ新しい一軒家に、彼女はきた。


 コンクールにはかならず母と行っていたので、母はもちろんクレアのことをわたしの成長とともにリンクして見ていたから、母は何も尋ねずに彼女をそのまま2階のわたしの部屋まで案内した。


 母はドアをあけ、クレアさんがきてくれたわよ、といったきり下に降りていった。


 クレアは、おじゃましますといって入ってきてドアを閉めた。


 わたしは部屋着の状態で、彼女が吹き出して笑うほどにひどい顔をしていた。


 のだろう。


 たぶん。


 かわいい顔が台なしじゃない、と彼女はいった。


 わたしはたまらずうわ~んと泣きだした。

 

 いろんな感情が一気にないまぜになって。


 彼女はさらに声にだして笑っていた。


 そんな彼女を見てわたしもいつしか泣きながら笑いだした。


 それからわたしはそばに置いてあったティッシュペーパーで鼻水を思いっきりかんだ。


 そしてまた泣きだしたり、また笑ったり、また鼻水をかんだり、それを順番通りにくりかえした。

 

 そんなわたしの姿を見て彼女は、いそがしい人ねといった。


 

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