第12小節
何はともあれレストランへ直行した。
室内は夕陽のオレンジ色に染まっていた。
まだバイキングがはじまったばかりの時間だったのではんぶん以上の席が空いていた。
朝食と夕食はバイキングスタイルで、こっちはこっちでかなり自制が求められる日々になりそうだった。
しかし緊張からの解放感で、その自制はいったん横に置いておくことにして、わたしはトレーの上のお皿にあふれんばかりの肉類とサラダをのせてしまっていた。
そうそう、さきほどの打ち合わせ。
予定を過ぎて日が暮れはじめる時間まで彼はピアノを弾きつづけた。
わたしを気づかい、何回か途中休憩をはさみながら。
照明はいつの間にか点灯していた。
わたしは反復記号に気をつけながら譜めくりに集中した。
彼は海シリーズのⅠ、Ⅲ、Ⅵを弾いた。
Ⅰ~Ⅵそれぞれがさらに3章にわかれていて、その章にはタイトルがつけられていた。
たとえばⅢだったら、『桟橋』『潮騒』『いつか』というふうに。
Ⅰ~Ⅵまでだいたいそれぞれ30分ほどあった。
それがカケル3だから、今日は90分プラス休憩時間。
打ち合わせというより、もはやリハーサルだった。
でもわたしは何度も聴いていた曲でもあったので心配していたほど苦にはならなかった。
譜めくりのタイミングは彼がうなずいてくれていたのでとてもやりやすかった。
めくり方も練習のかいがあってスムーズにできた。
この調子ならだいじょうぶだね、明日は空シリーズであさっては風シリーズをやってみよう、と彼はいった。
わたしは今日の打ち合わせというかリハーサルをふり返りながらどんどん食べていると、そこへ支配人がスタスタとやってきて、わたしのかたわらに立ってこんばんはといった。
「こんばん……は」
わたしはローストビーフにつまりながらいった。
「どうでしたか? 野崎様とは」
わたしはローストビーフをゴクリとのみ込んだ。
「ええ……何とか」
「それはよかったです」
「はい」
「では、ごゆっくり」
「あ、ありがとうございます」
支配人は微笑むと、またスタスタと去っていった。
わたしはしばらく宙を見つめたままでいた。