第11小節
海シリーズ、全6枚(Ⅰ~Ⅵ)。
空シリーズ、全5枚(Ⅰ~Ⅴ)。
風シリーズ、全7枚(Ⅰ~Ⅶ)。
彼が3年間でつぎつぎとだしたピアノ曲のCD。
彼の記憶力に関する障害と、インスピレーションとの相関関係はわたしにはわからない。
彼のその驚異的な3年間。
それはそれはすさまじい創作活動だった。
曲はCM(本人出演あり)やドラマ、映画など多方面に使用され、インストゥルメンタル部門では異例の売り上げ記録を樹立した。
しかしこの3年間、彼は1枚もCDをだすことはなかった。
そのあいだ彼はメディアにはまったく登場しなかった。
支配人の話などから、彼がクールダウンののちつぎのアルバムのために動きだしはじめていることがわかった。
そんな彼が予行演習的といえ、ひっそりと(ホテルのホームページのほんの片隅に数日まえからちょこんと書いてある程度の告知で)演奏会をひらくのだから、見つけたファンは飛びあがってよろこぶに違いなかった。
演奏会にはホテルの当日の宿泊者しか入れないという項目があった。
でもそれは彼の人気を考えれば当然の条件のように思えた。
予約状況を今朝みかけた島田さんにそれとなく聞いてみた。
まだそれほどうまっていないということだった。
一瞬、あれっていう感じだった。
見つけたファンはじぶんだけの秘密にしておきたいというような、そんな心理がはたらいているのかもしれないなとわたしは思った。
でもそれもこういう時代だから、いったん誰かが拡散しはじめたらあっという間に完売になることは確実だった。
彼の沈黙の3年間のCDの売り上げが極端に減ることはなかった。
そのことがそうなることを裏づけていると思う。
しかも、ここ最近では増えている傾向にあった。
それはファンがひろがっていったということだけでは説明のつかない現象だった。
きっと数多くのファンが、かげながら彼にエールをおくりはじめていたんだとわたしは想像している。
それほど愛されているピアニストだった。
それに応えようとするピアニストでもあった。
そのことを思うと緊張しやすいわたしは、またみごとにガチガチに緊張した。
ああ、マスコミもくるだろうし。
ファンもどっと詰めかけてくるかもしれない、と。