第三話「夜の大隊長」
ディーは式典が終わりいつもの癖ですぐに詰所に戻ろうとしていた。するとそこにひとりの同級生と思わしき人物が声をかけた。
「よっす、ディー・クラーク君だっけ?なんか聞いたことある名前だけどひょっとして有名人?」
話しかけてきた相手は金髪に碧眼、ピアスをつけたどこからどう見てもチャラけた不良みたいな見た目の生徒だった。
「馬鹿!知らないの?ほら最年少魔術師士官の……。」
ディーは面倒だった、敬われるのも面倒だし変に気を使われるのも面倒だと思った。対等な友人でいてくれる方がいいと思った。せっかくの学生生活を精一杯楽しみたいと思った。
「ディーでいいよ。それより君たちは?」
だから、そう言って笑ってみせた。
「俺はアルタナ・ウィルソン。こっちもアルトでいいよ。」
そう言って気軽に手を差し伸べてくれる彼にディーは好印象を受けた。不良そうな見た目とは裏腹にその喋り方は角がなくそして、少し聡明さを漂わせていた。
「馬鹿っ!失礼よ!ジーナ・スミスです。以後お見知りおきをディー小隊長殿!」
そう言ってジーナと名乗った少女はこちらに敬礼を向けてくる。ディーは少しからかってやろうと思った。
「ジーナ二等兵!貴官に特攻を命ず!明日の午後二時王都東門前にて街道沿いに転がる大岩に特攻を仕掛けよ!」
ジーナは驚いたような顔をして気の抜けた返事を返す。
「は……はぁ……?」
ディーはそれを見て愉快な気持ちになりつつ、さらにからかい続けた。
「軍において上官命令は絶対だ!復唱はどうした?ジーナ二等兵!」
ディーが怒鳴りつけるとジーナは少し涙目になりつつ復唱を開始した。
「ジーナ二等兵明日の午後二時王都東門前にて街道沿いの大岩に特攻を仕掛けます……。」
アルトは腹を抱えて震えていたがディーは続けた。ディーも笑いを必死で堪えていた。
「続けて言う!貴官は私の部隊の隊員でもなければ、あすの午後二時までに配属される予定もない!」
ジーナはもう泣き出しそうだった、自分の死がこんなにもあっさりと街道沿いの大岩排除のために使われると思い込んで喪失感で胸がいっぱいになっていた。
「はっ!ジーナ二等兵はディー小隊長の部隊員でもなければ明日の午後二時までに配属される予定もありません!」
しかし、ディーの本職の小隊長の迫力が復唱を強制していた。本来民衆に植えつけられていたアイドル小隊長とのギャップがジーナに拒むことを許さなかった。
「ならば何故私の命令を遂行しようとする!!??それでも軍人か!?」
しかし、ディーは吹き出しそうになるのをごまかすために怒鳴っているのだ。これでも作戦行動中のディーの迫力には負ける。
「サー……軍人では……ひっぐ……ありません……サー……ぐすっ。って……へ?」
ようやくジーナ二等兵は自分が二等兵でないことに気がついたようだ。
「ごめん、ちょっとやりすぎた。」
ジーナが泣き出してしまったのでディーは笑うに笑えなくなった。
「からかったわねーーー!!」
でも結果として、彼女が敬語じゃなく普通に話してくれた。ディーにとってこれが最良だったかもしれない。
「ごめんって、でもそうやって今みたいに気軽に話してくれたらいいな。俺だって、冗談も言うし友達も欲しい普通の人間なんだよ。」
そう言ってディーはハンカチを彼女に渡した。
「ふっはははは。そりゃ誰だって泣くって、本職の軍人さんの怒号とか迫力半端ないって。」
アルトはディーの仕打ちのえげつなさに爆笑しそうになっていたのだ。
「悪かったって、こっちはこれが日常茶飯事なんだよ……。」
アルトにそう照れ隠しの言葉を吐くとジーナをなだめに戻った。
「普通に話したら許してくれる?ディーって呼んだら許してくれる?」
ディーは内心思った。泣いた女の子はとても可愛いと。この時ディーの中に小さなサディストの種火が起こった。
「最初からほとんど怒ってないよ。大丈夫だって。」
ディーは思った。守りたいこの泣き顔と。
「特攻しなくていい?」
ディーは思った、この女の子イジメまくりたいと。だがまずはひとまず優しくすることにした。
「特攻なんてしなくていいしそんなことさせないよ。俺の隊は生還率高いんだ。」
そう言って、とにかく慰めた。見事にムチと飴が決まった。
「ごめんね?ディー、あなたのこと何も考えずに小隊長扱いしちゃって……。」
そう言って、ジーナはディーのことを潤んだ瞳で見つめた。
「うっわ、タラシじゃん小隊長さん。これじゃ夜は大隊長だな。」
こうしてディーは入学初日にいきなり二人の友達を獲得して一つの不名誉な称号を得たのだった。そして、それは尾ひれが付いて広がり後にディーは夜の大隊長と呼ばれることになるとはまだ誰も知る由もない。
「ふざけんなよアルト!」