プロローグ「書き出し」
私が彼を天才だと認識したのは彼が三歳の頃だった。
「ねー、おにいさん。まほーつかいなんでしょ?」
彼が私にかけた初めての言葉だった。
「そうだよ。お兄さんはこの国を守る正義の魔法使いさ!」
私は魔術師だった。騎士と二人一組で町の門を守る国防軍魔術師部隊の一員だった。
「かっこいい!ぼくもおにいさんみたいになりたい。」
魔術師は騎士と比べれば少し人気は落ちるが子供の将来の夢では二番めに人気だ。だからこんなことはよくある。それに、平和な時は退屈で仕方のない仕事だ。だから子供が話しかけてきた時にこうして相手するのはいい退屈しのぎだったりする。
「なれるなれる!絶対なれるぞ!」
実際魔術師になるにはほんの少しの才能が必要だ。そしてそれは、魔術師なら一眼でわかる才能だ。この子にはその才能があるのがわかった。
「でもおにいさんたちみたいなすごいまほーはつかえないよ?」
この時この言葉に猛烈な違和感を覚えた。
「もしかして、魔法使えるのかい?」
何かの冗談だと思った。子供のことだ何かを魔法と言い張っているのだろうと思った。だから、そうだったらすごいじゃないかと適当に褒めてやろうと思いました。
「ちょっとだけね、みたい?」
そんな無邪気な笑みがますます私を油断させた。
「すごく見たい!見せてくれるか?」
だから思ってもみなかった、本当に魔法を使える子供がいるなんて。
「がっかりしないでね?んんっー!ふんー!」
彼はそう前置きして、私の前で指を立て気合いを入れる要領で魔力をその一点に集めていく。驚いたことに本当に魔力がそこに集中していく。それだけでも信じられなかったのだ。
「嘘だろ……。」
彼に聞こえないように小さな声で、だけど口にせずにはいられなかった。
「ふぬぬぬ?!はあっ!」
掛け声とともに人差し指に小さい、だけど確かに火が灯った。あれは確かに魔法の火だった。
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「この小説、説明不足じゃね?てか、この部分ほぼ事実じゃん。」
確かに説明不足かもしれない。魔法使いに必要な才能、それが記されてない。それは小さな魔法の種火だ、これを持って生まれなかった人間はどうしても魔術師にはなれない。実際に種火を持たない人間は半数にも満たないが決して少なくもない。
「いちいち解説する必要ないだろ?まぁ、事実の部分はその、なんだ?リアリテイの……あれだ!」
筆者はこの男である。
「てか、先輩が私とか言ってるの想像できねー。おにいさんよぉ。」
主人公のモデルにされたのはこの少年だ。若干十二歳の男にしては少し長い髪を襟で束ねた史上最年少の魔術師だ。しかも、この少年は小隊までの部隊に対する指揮権を持った列記とした士官である。
「いいだろ?改まって書いたんだから……。」
ちなみにこの男もまた小隊までの部隊に対する指揮権を持った士官だ。つまり、立場が完全に対等なのだ。
「まー、いっか……。ところで俺昔まじでこんなだった?」
少年はぶっきらぼうに尋ねる。小説の中の純真な少年の面影はまるで無い。
「だったそ?あの頃は可愛かったなぁ。おにいさん、おにいさんって俺になついてくれてたのにどうしてこうも冷たくなっちゃったかねぇ?」
そう言って男は遠い目をした。
「冷たくした覚えはねーよ。好かれようとしなくても大丈夫だってわかってるからだよ。信頼してんだぜ、相棒。」
二人は戦場に出た際阿吽の呼吸でお互いの部隊をフォローしあう。そのため二人の部隊の隊員の生還率は非常に高い。
「まっ、今の関係も悪く無いか……。しかし、あのディー君が今や俺の相棒とはね。」
ディー・クラーク、それが少年の名だった。
「こんなに早く夢が叶うと思ってなかったからなぁ。次はどうするか……。」
ディーはそう言って乾いた笑いを浮かべた。
「まぁ、お前さんの覚醒時期を見ると当たり前だがなぁ。」
覚醒時期、魔術師が初めて魔法を使う瞬間を指す言葉だ。通常魔術師は自らの内にある小さな魔法の種火に研鑽という薪をくべようやく初めての魔法を発現する。
研鑽を積む方法は二つ、種火を認知しそれを意識すること。もう一つは実際に魔法を使うこと。前者に比べ後者は圧倒的な成果をもたらす。
前者が薪として小枝をくべているのなら後者は丸太だ。故に魔術師の実力は初めて魔法を発動してからの経年による部分が大きい。
ただし魔法の種火には上限がある、これを魔術師の終端と呼び兵士としての魔術師の最低条件がこの終端に至っていることである。そして、この終端における魔力量は一律なのだ。ただし例外は存在する。