第11章 雨上がりのアンサンブル
リーグ戦の2戦目が終わった翌日の月曜日。
前日の快晴が嘘のように、今日はバケツをひっくり返したような大雨だった。
ぷわ、と吐き出した煙が鼻先からゆるりと天井へ上っていく。
まだ慣れないタバコの煙を、胸まで深く吸い込むことにはさすがに抵抗がある。
よくよく考えれば別にタバコの味は好きではないのだが、ハタチになった瞬間に、憧れていた桐原の真似をしてふかしていたら、早くもそれが癖になってしまったようなのだ。
だから、こんな風に雨で練習ができない日は、ひとり部室に籠ってレポートなど殊勝にやりながら、軽く一本吸ってしまう。ただし、みんなには内緒だ。洋弓部の喫煙者は4回生の那須ソウイチロウだけ、ということになっている。タクローなんかに知られたら、『アスリートがタバコなんか吸ってんじゃねぇ』と一喝されるに決まっている。
メジャーな銘柄の細めのタバコは、早くも2本目に手を出してしまっていた。
これから後輩の藤宮マコトが部室にやってくるのだ。『相談したいことがあるんス』と、昨日の試合後にこっそり言いに来たと思ったら、その場では言わず明日の放課後に部室に来てほしいと言われた。今日が土砂降りで練習がなくなることは、昨日の天気予報でチェック済みのようだった。
マコトとの約束の時間より2時間早く部室にやってきたアオバは、相談の内容が容易に検討がつくだけに落ち着かない気分を持て余し、レポートをやりかけたままポーズだけの喫煙で気を紛らわしているというわけだ。
古い回転式の椅子にどっかりと腰かけ、ぎいぎいと軋んだ音を立てる背もたれに構わず寄りかかって伸びをする。さすがに試合の翌日はいつもの練習とはまた違った疲れが溜まっていた。しばらくそのまま後ろに反り返ってぼぅっとしていると、右手で持っていたタバコの灰がぽたりと床に落ちた。
―――はぁ……これからどうしろっつーんだよ。
部室の壁には、天井近くに歴代の主将の名前が書かれた木札がずらりと並んでいる。
また、壁に作り付けの簡素なロッカーの上には、過去に試合でもらったトロフィーや賞状が所狭しと飾ってあった。
鳳城大学が創立90周年の今年、体育会洋弓部はちょうど創部50周年だ。毎年6月には新歓コンパが、12月には追い出しコンパが開催されるのだが、体育会系部活とサークルでその意味合いは大きく違う。
サークルでの新歓・追いコンと言えば、華やかに楽しく1回生から4回生までが親睦を深めるイベントであるが、体育会系の部活は違う。OB・OGまでを招待し、幹部である3回生を中心に全員黒スーツ着用で参加する、極めて重要な公式行事だ。初代から歴代の部員全員に招待状を出し、電話をかけて出席の可否を確認しなければならない。もちろん、多くの先輩たちはもう連絡が取れなくなっていたり、遠慮して欠席するのだが、毎年必ず出席してくれる方々がいるのだ。高校を卒業したばかりの小僧たちにとっては、かなり緊張する場面だった。
ありがたいことではある。部の運営に対してOB会費として協力してくれているし、新歓も追いコンも先輩たちが出席してくれるから重みが出るというものだからだ。ただし、その恩は戦績できっちり返さなければならない。まずは、1部リーグを死守すること、それから、こっちはなかなか難しいが、王座決定戦で優勝すること。
アオバは無言のプレッシャーをかけてくる木札を眺めながら、早くも来年のリーグ戦に頭を悩ませていた。マコトの相談したいことと、アオバが悩んでいることは、ニュアンスは違えど根本は同じだろう。
昨年までの部員であれば、単純にそれぞれが強くなるよう努力すればいいだけだった。それで足を引っ張るような奴は、ただの練習不足だからだ。
だが、来年からは違う。
アオバたちの代が幹部になる頃には、アーチェリーの初心者と経験者の人数が逆転する。
来年の新入部員の中に経験者が数人いればいいが、それを期待するのは難しい。
———やっぱきっちり面倒みてやんなきゃいけねーか。あいつらがどこまでついて来れるかだけどな……
もう走り出してしまったものは仕方がない。切り替えの早い性格も手伝って、沈んだ思考から浮上する。
勢いをつけて椅子の背もたれから体を起こすと、飲んでいたコーヒーの空き缶にほとんど吸っていないタバコを入れて火を消した。机の上のレポートにもう一度取り掛かろうとペンを取る。
「……失礼しまーす、お疲れ様です!」
集中しかけたその途端、部室のドアが遠慮がちにノックされ、マコトが入ってきた。
「……お前、タイミング悪りぃな」
「え、何がッスか? 時間10分前っすよね。なんかよくわかんないスけどすいませーん」
はぁ、とため息をついてペンを置く。レポートは今日中には仕上がりそうにない。
「まぁ適当に座れよ。何か飲むか?」
壁際に畳んである古い折り畳み椅子を指差し、部室の外にある自販機に向かおうと立ち上がる。
「あ、マジっすか? アオバ先輩、おごってくれるんスか?」
じゃあ俺コーラで! と元気よく、そして遠慮なくおごられるつもりのマコトが手を挙げた。
あいよ、と言い残して財布を持ち、部室のドアを開けて外に出る。
相変わらず雨は止みそうになく、風にあおられた細かい水しぶきがこちらにまで飛んできて、肌寒さを覚えるほどだ。
マコトのコーラと自分の缶コーヒーを買うと、階段を1段飛ばしで登り足早に部室に戻る。
「で、相談ってなんだよ」
コーラの缶をわざと放り投げてマコトに渡すと、お礼を言いながらも可愛らしい顔をゆがめて露骨に嫌な顔をした。プルタブを引くとぷしゅ、と音をたててガスが抜け、勢いよくカラメル色の泡が飛び出す。
「……今年のリーグ戦、俺はまた出れるんすよね」
吹きこぼれた泡をすすり、ベタベタになった手をティッシュでふき取りながら、うつむきがちに口を開く。
「? まぁ、昨日はメンバーから外されてたけど、お前は戦力に数えられてるだろうな。まだこれから出番はあるだろ。そんなことか?」
「そうッスか。出れるんならまずはいいんです」
———そのために鳳城大学ここに来たんですから。
アオバは缶コーヒーを一口飲んで黙ったまま続きを促す。
「……先輩は知ってると思いますけど。俺、アオバ先輩や一条先輩たちと一緒に王座で優勝したいからここに入ったんですよ。大学でも先輩たちと思いっきりアーチェリーがしたいから」
そこまで言って、コーラを一口ぐっと飲んだ。そうだ、とアオバは思う。マコトはアオバやケイと違ってスポーツ推薦ではなく、一般入試で鳳城大学へ入ってきた。高校時代、アーチェリーに明け暮れていてろくに勉強もしていなかったが、一般入試で受けると決めてからはかなり努力したようだ。思い入れも人一倍強いだろう。そうだな、と低く返して、長い脚を組み替える。
「スポーツって、勝ってなんぼでしょ。勝つために努力して、死ぬほど辛くても練習するんですよ」
「まぁ、そうだな。勝たなかったら意味がない、俺らは高校ではそう教えられてきた。だけどそれだけってわけでもねぇぞ」
アオバの最後の一言はマコトには響かなかったらしい。ちらりと先輩を一瞥すると大きく息を吐き、ほんの一瞬躊躇した。
「今年のメンバーだったら正直王座で勝てると思います。だけど、来年は絶対2部落ちする」
「……おい、軽々しく縁起でもねぇこと言うな」
聞き捨てならないセリフに、尖った声でさえぎった。今、アオバにとって最も想像したくないことだ。
「でも、アオバ先輩もそう思ってるでしょ。1回生が俺以外全員初心者で、リーグ戦のメンバー8人も経験者が揃わない。そんなんで1部リーグで勝ち抜けるほど甘くないっスよね」
先輩の怒気に怯むことなく一気に言い募る。普段のちゃらんぽらんのお気楽キャラを封印し、目を逸らさずに詰め寄るマコトにアオバのほうがあっけにとられてしまった。
たしかにマコトの言う通りだった。アオバが懸念していることはまさにそこだ。鳳城大学を除く1部在籍の5校はいずれも全国区の強豪校で、部員の数もかなり多い。鳳城大学の部員数が少なく思えるほどには、粒ぞろいの選手が揃っている。しかも、ほとんどが高校からのスポーツ推薦で入学した超高校級のエースばかりだ。その彼らが日々しのぎを削って練習しているのだ、強くならないはずがない。当然、彼らの試合の勝敗に対する執念は相当のものだろう。
「……で、お前は何が言いたいんだ。そんなこと言ったってこのメンバーで始まってんだ、今更どうしようもねぇだろ」
半ば投げやりな気分で吐き捨てる。前年の成績と落差が大きくなるであろうその危ういメンバーを、幹部として率いるのはアオバたち、今の2回生なのだ。マコトに責められたところでどうということはないが、歴代の部員たちのプレッシャーに直接さらされるのは精神的にかなりきつい。
「俺は諦めたくないんスよ」
「何を」
「先輩たちと、来年も王座に出て、優勝することですよ」
「っ、……俺だって諦めたくねぇよ」
ギラギラとした視線が真っ向からアオバを刺していた。じりじりと居心地の悪い時間が過ぎていく。
先に視線を外したのはアオバのほうだった。
「諦めたくねぇから、どうやってあいつらを育てりゃいいか先輩たちだって考えてるんだろーがよ」
「でもあいつら、センスなさそうじゃないっスか。特にあの、大月って奴。元テニス部のエースだかなんだか知らないけど、アーチェリーとしての形がまるでなってない」
「おいおい、まだ入部して1週間も経ってねぇじゃねーか。気が早ぇんだよ」
マコトはなぜか大月ナオトが気に喰わないようだ。他の奴らとはそこそこしゃべったりしているのに、いつも3人でつるんでいる大月、壬生、羽室たちには自分から話しかけているのを見たことがないことに気付いていた。群れてつるんでる奴らに話しかけるのには、それなりに勇気がいるのはわかるが、マコトはそこで遠慮するようなタイプではないはずだ。彼の性格を考えるといささか妙だとは思っていた。
「でも、アーチェリーって向いてる奴と向いてない奴がいるって、桐原さんも言ってたじゃないっスか。いくら育てるっていっても、向いてない奴がたった1年でまともな点数が出せるようになるとは思えないんすけど」
そこまで言うと手にしていた缶をあおってコーラを飲みほした。アオバはイライラと癇癪を起しかけている後輩をじっと見つめた。いつもはヘラヘラと誰にでも調子よく振る舞っているマコトが、仮にも同級生の部員をこんな理不尽な理由ではじくとは思えない。
「……お前、大月と何かあったのか。なんでそこまであいつを嫌うんだよ」
「別に、嫌ってるわけじゃ……」
「じゃあなんだよ。さっきから聞いてりゃお前の言ってることはただのわがままだぜ。初心者でもあいつらが入ってこなかったら、来年もっとしんどくなるのはお前だろ。それに向いてる向いてないって、なんでお前が決めるんだよ」
「…………」
一番慕っている先輩に声を荒げられ、マコトはぎゅ、と唇を噛んで下を向く。自分が理屈の通らないことで苛立っていることくらいは自覚しているようだ。
空っぽになったコーラの缶が、マコトの右手の中でベコリとへこんだ。
「お前さ、そんな奴だったけ。できない奴を最初っからはじくような。いつからそんなに偉くなったんだよ。お前だって3年前は同じだったじゃねぇか。それを俺たちや桐原さんが育てて、ここまできたんだろうが」
「…………」
「上條東高校だって、別に全国で一番強かったわけじゃねぇだろ。お前だって、去年インターハイで悔しい思いしたりしてただろ。今の言い方だとお前、うぬぼれてんのかって思うぜ」
「っ、別にうぬぼれてなんか」
黙ったままうつむいてアオバの言葉を聞いていたが、キッと悔しげに瞳を光らせてこちらを向き、そしてまたすぐにうつむいた。何かを言いたそうな後輩を見やり、少しだけ口調を和らげて続ける。
「あのさ。お前ひとりの力でここまで強くなったわけじゃねーだろ。みんながいたから頑張れたんじゃねーのか」
「……っ、それは、そうですけど、」
「勝負にこだわるのもいいけど、仲間を大事にしろよ。いくらアーチェリーが個人競技だからって、一人でできるスポーツなんかねぇんだよ」
————そして大月ナオトは、そのことを高校のテニスで知ったんじゃないだろうか。
アオバが見ている限り、彼らが遊び半分な気持ちで練習に取り組んでいるとは思えない。
大学生になってアーチェリー部に入部してくる初心者は、だいたいが高校まで文化部だったり帰宅部だったりとスポーツの経験が少ない者だ。見かけのカッコよさに惹かれて、サークル気分で入ってくる者も少なくなく、実際毎年5、6人の初心者が入部して3か月経たずに辞めていく。アオバの代もそうだった。初心者で部に残り、過酷な練習を乗り越えて活躍しているのは矢上シンイチと筒井テルヨシ、3回生では星野タクローの3人だけだ。
入部してすぐのオリエンテーションで、主将の一条ケイがU-20ナショナルチームのメンバーだったと聞かされて、新入部員たちは目に見えて青ざめた。そんなエースのいる部で、体育会系の練習についていき、先輩たちの足を引っ張りたくないと思っている、彼らの心意気を汲んでやりたい。
たとえマコトの言う通り、アーチェリーというスポーツに彼らが向いていなかったとしても。
すっかり説教モードに入ったアオバのほうを見ようともせず、うつむいたまま潰した空き缶をいじっているマコトを優しげな眼差しで見やると、ふ、と薄く笑った。
「……なんで笑うんスか」
「お前がお子ちゃまだからだよ! バーカバーカ!」
「ちょ、なんスかその中二レベルの悪口は!」
さっきまでの雰囲気を吹き飛ばすようにわざと明るく振る舞うアオバに、マコトも乗っかる。
こういう素直なところがマコトの可愛いところだ、というのは本人には内緒だ。
「まぁな、お前に言われなくても一条主将も橘副将も、ちゃんと考えてるぜ。あの人たちが信じられないのか?」
「そ、そんなことないっスけど……ちょっと心配になっちゃったんスよ! 俺、完全に1回生の中で浮いてるでしょ」
「別に浮いてねぇよ。自分がそう思ってっから周りが気になるんだよ。真正面からみんなとぶつかってみな。俺らからすりゃ全員まだまだ出来の悪りぃ新入部員だぜ」
にやりと笑って放たれた一言にマコトが、う、と固まった。
「みんなまとめてせいぜい鍛えてやっから、覚悟しとけよ。うちの部はなんでも学年で連帯責任だかんな。お前だけが出来ててもしょうがないんだぜ。夏合宿前にみんなで仲良くなっとけよ」
規律厳しい鳳城大学洋弓部の夏合宿は、時代遅れなほど古めかしい行儀作法のオンパレードだ。昨年、初めて参加したアオバにその詳細を聞かされていたマコトは、その煩雑な”儀式”の数々を思い出して顔を覆った。
「あ~そうだった! アオバ先輩、文句たらたらでしたもんね。あれやんなきゃいけないかと思うと今から気が重いっスわ」
「別に文句なんて言ってねぇよ、ただの体験談を話しただけだろ」
「やー、あれは完全に文句でしたね。マジめんどくせー! って連呼してたじゃないスか」
ちっ、と舌打ちし頬杖をついてうんざりした顔をするアオバ。高く鼻筋の通った彼の顔は、そんな表情でも自然と絵になる。幼い顔立ちの自分と対極のアオバに、マコトは高校生の頃から密かに憧れを抱いていた。それから、遠くからでもわかる凛とした冷たい空気を放つ一条ケイにも。
彼らがいるから、マコトは迷わず鳳城大学を選んだ。高校1年の頃は、さっきアオバに言われたとおりマコトはどちらかというと”向いてない”ほうだった。だから、団体戦でもアオバやケイと組むことはできず、必死で練習を重ねてきた。その結果、2年生からはインターハイに出場できるくらいには実力がつき、3年生になる頃には全国区で名の知れたアーチャーの仲間入りを果たしたというわけだ。
しかし、その頃にはケイもアオバも卒業してしまっており、目標にしていた3人での団体戦出場は大学生まで持ち越されることとなったのだった。
今の自分は、もう二人の足手まといになることはないだろう。期待と不安に満ちて入部したが、自分以外の新入部員が全員初心者だということは想定外だった。
できるだけ長く、彼らと一緒にアーチェリーがしたい。
そして、一緒に勝利を積み重ねていきたい。
そのために、リーグ戦で勝ち続けることが必要条件だと気付いたとき、なんとも言えない苛立ちを感じてしまったのだ。
もう、こうなったら誰でもいい、何としてでもあと1人、2人は全国区の選手に育ってもらう。
ナオトたちだって高校までスポーツをやってきたのだ、勝ちにこだわる姿勢くらいは持っているだろ
う。
————大月ナオト。超高校級のテニス部のレギュラーで、毎年インターハイに出場していたほどの実力だ。
彼のことは調べられるだけ調べた。中学まではそこそこ強かったようだが、高校入学と同時に活躍が目立たなくなっている。まぁ、周りの連中のレベルが彼より高かっただけで、十分全国で通用するだけの実力はあったようだが。
ナオトの出身校は、毎年プロテニスプレイヤーを輩出するほどテニスの強豪校だった。
高校3年生のナオトの最後の戦績は、ダブルスとして出場した関東大会決勝の敗北で終わっている。アーチェリーと比べてはるかに競技人口の多いテニスでこれだけの成績を収めるのは、彼の実力が並みのものではないことを示していた。
ならば、なぜテニスを辞めたのだろうか。
その理由がわからないから、マコトからみるナオトはアーチェリーはお遊びでやっているようにしか見えない。
練習中は一生懸命には見えるが、ときどきどこか遠くを見つめていることがあるのを知っている。
あの瞳の意味がわからないうちは、マコトは彼を警戒するだろう。リョウガやカズヤと話したりふざけたりしているところを見ると、悪い奴ではなさそうなのだが。
「ま、とりあえずやるしかねぇんだよ、俺もお前も。負けたくなきゃ、あいつらを強くするしかねぇ。迷ってる暇はないぜ」
「そうっスね。桐原さんにも鍛えてもらったらいいんじゃないスか。あの人、近々射場に来るんでしょ。一条先輩が橘先輩に話してるの、聞きましたよ」
「相変わらず耳が早ぇえのな、お前。遅くとも4月中には来るらしいぜ。初心者に弓買わせるのに見てくれるって言ってたわ」
よっこらしょ、といってアオバが立ち上がる。刷りガラスの窓を開けると外は雲が切れていて、ほとんど雨は止んでいた。キラキラと差し込む日差しが、小さな虹をそこかしこに作っていた。
「おー、雨止んだわ。俺、ちょっと今から射ってこようかなー。お前も行くか?」
「はいっ、行きます!」
————お前の話聞いてたら体固まっちまったわ。
そういってマコトを軽くこづき、両腕をぐるぐると回してストレッチする。
部室のカギを取り上げてマコトを促し、電気を消して外に出た。
毎日練習しないとどうも調子が上がらないのは、アーチャーの性だ。
*
「……そういえばアオバ先輩、タバコ吸ってるんスか? 一条先輩に怒られますよ」
「は? なんで?」
思わず固まったアオバを見て、マコトがくっくっと人の悪い笑い方をした。
「ホント、アオバ先輩って嘘つけないっスよね。今、カマ掛けただけなのに。で、吸ってるんスね」
「……お、おまっ、」
みるみるうちにアオバの顔色が真っ赤になっていく。口ごもったまま先が続けられないアオバに、マコトが爆弾を放った。
「だって、俺が部室入った瞬間タバコの臭いしてたし。雨で窓開けてなかったからめっちゃ臭い残ってましたよ」
気を付けてくださいよぉ、とニヤニヤ笑いながら先を歩いていく。
「~~~~~マコトお前、黙っとけよ!!!!!」
本日最大級の大声で、見込みの薄い口封じをしたアオバは、ポケットの中のタバコの箱を傍のゴミ箱に投げ入れた。




