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洋弓男子~INNER10!~  作者: 星いさご
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第1章 お粗末なデビュー戦



 終わってしまった。

 試合が。

 今日が関東地区でのアーチェリーの新人戦、初めての公式戦だった。


 まだまだ残暑厳しくぎらついた太陽が降り注ぐ広いグラウンドに一日中立ち続けて、ユニフォームから除く腕と顔、首のあたりは真っ赤を通り越してすでに黒くなってきていた。

 時折暑い風が砂埃を巻き上げて視力を奪い、突き刺すような日差しのせいで集中力はとっくに切れている。

 午後最終の30Mラウンドはほとんど練習の成果を出せないまま、短い競技経験のなかでも最低の点数だ。


「おーいナオト、お前結局何点だったんだよ?」


 疲れ切って自分の弓を片付ける俺に話しかけてきたのは、同級生の藤宮マコトだ。

 170センチと小柄だがイケメンと呼ばれるのに十分な顔立ちで、元気よくこちらに手を振っている。

 あいつは高校のころからアーチェリー部に所属していたため、今日の大会でも終始5位以内で他の選手とデッドヒートを繰り広げていたのを速報でチェック済みだ。


「……別に、いいだろ、大した点数じゃねぇんだし」


 思わずぶすくれた返事を返してしまった。


「なんだよぉ、前半はけっこういい感じだったじゃねーか。スコアブック見せろよ」


 俺の不機嫌をものともせずに、矢筒クィーバーに無造作に刺さっているスコアブックを奪い取る。


「って、おい、勝手に見んなよ! やめろって!」

「いーじゃねーの、練習付き合ってやったの誰だと思ってんの? 師匠として俺はお前の点数を確認する義務があるっ」


 誰が師匠だよ、という俺のつぶやきは聞かなかったことにしたらしい。

 スコアブックを取り上げるのは諦めて、スタンドごと弓を持ってさっさと皆のいる輪のほうへ歩き出す。後ろからしげしげと点数を眺めながら、マコトがついてくる。


「……おーお、こんなとこでMとか射っちゃってんの? お前、集中力なさすぎじゃん」

「るっせぇな、砂が風で目に入ったんだよ」

「それにしたって、MはねぇだろMは」

「わぁってるよっ、正直にドヘタって言えばいいだろ」


 痛いところを突かれてますます不機嫌になる俺。

 いくら新人戦とはいえ、Mを射ったらまず挽回はできない。

 デッドヒートからあっさり脱落、そのショックからボロボロとさらに点数が崩れていくのは精神的に弱い証拠だ。


 アーチェリーは、丸い大きな的の真ん中から10点、9点、8点……と中心から離れていきいき、1点の外側はどこを射ってもM、つまりMiss、0点だ。そして10点と9点が黄色、8点と7点が赤、6点と5点が青、4点と3点が黒、その外側が白に塗られている。

 さらにいうと、10点よりもう一回り内側はX、インナー10と言って、合計点数が同じ選手がいたら、Xの数で勝敗を決する。

 試合形式はいろいろあるが、最も一般的なものはシングルラウンドと言って、男子は90メートル、70メートル、50メートル、30メートルの距離をそれぞれ36射ずつ、合計144射×10点=1440点満点で合計を競う。午前中に長距離2種目、お昼を挟んで午後に短距離2種目と丸々一日競技時間がかかるので、なかなかハードだ。

 俺はまだ90メートルや70メートルといった長距離には慣れていない。

 そもそも50メートル走より遠い距離を、しかも直径たったの12センチの中心を狙えと言われても、遠すぎてピンとこない。

 バン、と弓から矢をリリースして的に刺さる音がするまで、たっぷり2秒はかかっているだろう。スコープで覗かなきゃ刺さっている位置が見えないなんて、まるで雲をつかむような話だ。おまけに、風が吹くたびに矢が流されて、その誤差は距離が遠くなればなるほど大きくなる。スコープを覗いても自分の矢が的の上に見つからないな、と思ったら的を大きく外れて後ろの草むらに突き刺さっていた、なんてことは初心者にはよくある話だ。

 雨上がりのグラウンドは、遠く離れた草むらのほうがドロドロにぬかるんでいて、そこへ的を外した矢が2本、ほとんど根元までめり込んでいた。今日の試合のために新しく羽根を張り替えたばかりばかりだったのに、すっかり泥だらけのぐちゃぐちゃだ。これは張り直さないと使い物にならないだろう。


「……ふぅん、ドヘタとまでは言わないけどさ、ナオト、練習よりだいぶ点数下がってるよね。しかも得意の30メートルで。もしかして途中でチューニングずれた?」

「あーもうっ! はいはい、俺が集中できてなかったからです! 俺が悪いですー!」

「くくっ、そうやってすぐムキになるんだからぁ。やっだーん」


 チューニングがそんな短時間でずれるなんてあり得ない。しかも試合前にはマコトに念入りに確認してもらったはずだ。からかわれていることがわかって俺はキレた。


「で? 結局何点なんだよ?……90メートルが203点、70メートルが250点、50メートルが275点。おぉ、いいじゃん。で、最後の30メートルが265点。え、30メートルのほうが点数低いってどゆことナオトくん」

「合計で993点。今日の大会で初心者だけでみても下から数えたほうが早いな」


 後ろから急に低い声が聞こえて、思わずぎょっとして振り向いた。

 トレードマークの黒縁の細い眼鏡が俺の頭一つ上から光る。新藤カネヒサ。こいつも同級生だ。俺と同じで大学入学からアーチェリーを始めたが、俺と違ってその長身と身ごなしの器用さから、すでに来季のリーグ戦のメンバー候補に名前が挙がっている。


「……なんだよお前、嫌みか?」

「別にそんなつもりはないさ。事実を言ったまでだ」

「新藤は何点だったの? 今日の射型フォームすごく良かったのは見てたけど」


 つい剣呑になって相手にじろりと鋭い視線を向けた俺を押しのけて、マコトが話しかける。俺のスコアブックは興味がなくなったのか、乱暴に俺に押し付けてきた。


「ふむふむ、90メートルが235点、70メートルが256点、50メートルが278点、んでもって30メートルが289点。合計1058点! やるじゃん!」

「……はァ?! なんでそんな点数が出るわけ?!」

「こりゃー本気で頑張ったらゴールドバッジもすぐだな! 俺も負けてらんないぜ!」


 バシバシと新藤の背中を叩いて笑うマコトは、それでも余裕を覗かせて、あははっ!と首をかしげて女みたいに笑った。こいつは女に異常にモテるくせに、男同士だとなぜだかちょいちょい女っぽい口調になる。

つい5か月前まで同列スタートだったはずの新藤に大きな差をつけられて、俺は全然面白くない。

 速報見に行こうぜ、と言うマコトにトイレだと断って、俺はスタンドを地面に置くと矢筒クィーバーを腰から外した。

 一日中左腰にぶら下がっていたクィーバーは、ベルトの部分がすっかり汗で色が変わっていた。


――ちくしょう。全然ダメだったじゃねぇか。

 手にしたタオルで顔と頭をがしがしと乱暴に拭うと、砂埃にまみれていたのか、白いタオルがわずかに黄ばんだ。



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