追憶
僕の母親はその時までは普通の母親なのだと思っていた。
10歳の時度々学校から帰ると家にいない事が多くなった。単身赴任だった父は家に居ないため僕は少ない時間ながら家で母親の帰りを待ちわびた。帰った母親は何時もと違う匂いがした。
母のいない時間はだんだんと長くなった。そしてあの日珍しく綺麗なワンピースに見を包んだ母は
「誠、良い子にして待ってるのよ」
そう言って帰って来る事は無かった。
母がいなくなって3日目、急に帰って来た父は僕を無言で抱き寄せどう説明していいのかわからず戸惑っている様だった。父はしばらくして単身赴任から家に戻って来た。
僕は自分が【良い子】にしていなかったから母が帰って来ないのだろうと必死にしっかりとしようと頑張った。
母が何時も言っていたように誰にでも優しく。
中学入学を控えたある日、母は小さな箱に入って無言で帰宅した。
どうして父が引き取ったのか定かでは無いが何かしら意味があったのだろう。
後から下世話な伯母に聞いた話だと母は不倫相手と事故をおこし相手だけが死んで耐えきれなくなった母は自ら命をたったらしい。
母は愛に生きて愛に死んだ。
それが正解なのかはわからないけれど僕は良い子にしていなかったからではなく母の愛には僕は必要がなくなったから捨てられたんだろう。
専門学校を卒業して働き始めた頃、詩織さんと出会った。
彼女は他の誰もが認めるほど美人で、どうして僕に興味を持ったのかその頃はわからなかった。僕らは詩織さんが会いたいと言った日に会い、ただ肌を重ねた。激しく。
僕はどんどんと詩織さんにのめり込んだ。侑人さんからは何度も注意されたけれど僕は聞く耳を持たなかった。
うすうすと詩織さんには好きな相手がいる事くらいは気づいていても。
あの日、僕の住む街で珍しく雪が積もった日。詩織さんは約束の場所に現れなかった。唯一繋がった電話で「あなたとの事は本気じゃ無いから、叶わない相手に言いたかった事をあなたに代わりに伝えたの。優しいだけじゃダメなのよ」そう言って詩織さんは電話を切った。
途切れた心の糸が切れる音を聞きながら、ああ何でもあんな事を詩織さんは泣きながら言うんだろうなと思いながら僕は意識を失った。
気づいた時は病院のベッドの上だった。
少なくなったアルコールを片手に話す僕を美雨は後ろから抱きしめながら「私は何処にも行かないよ。誠君のそばにいるから」そう言って僕の頬にキスをした。
TVで週末は雪になるかも知れないと天気予報士が騒いでいる