オムレツの味と小さい約束
30分時間ほどの時間が凄く長く感じてコーヒーの準備をしながら僕は色んな事を思い出していた。
自分の母親のこと、僕の時間を止めたままにしているあの人の事…
挽きたてのコーヒーの薫りを嗅ぎながら僕は何処かで彼女が戻って来ることに期待していた。
不意に玄関がノックされる。
扉を開けるとそこにははにかむ様に笑う美雨が立っていた。
「誠くん、ただいま」
そう言って部屋に入ってくる
「でもただいまってなんかへんだね、こういう時ってなんて言うんだろう」
僕は自分でも信じられなかったが美雨を抱きしめていた。
「わぁ、誠くんどうしたの?」
「ただいまで良いよ。うん。おかえり美雨」
そう言ってしまってから急に恥ずかしくなり僕は美雨を離した。
「もう。びっくりした〜誠くんって以外に大胆なんだ」
クスクスと笑う彼女は何処か大人びていて笑顔が可愛らしい。
ストレートの長髪に見え隠れする彼女の笑顔につい見とれてしまう
「ご…ごめん。とりあえず食べようか」
そう言って僕等はキッチンのテーブルについた。
まるでさっきの出来事がありふれて当たり前の事の様な流れで僕等はお互いの事を語りだす。
不思議なぐらい美雨とはまるでコーヒーに溶けていくミルクのように違和感を感じること無く接する事ができた。
眉村美雨、20歳、岡山出身で僕の暮らす街の大学に通ってる。現在は一人暮らし、どうやら僕の職場の近くでバイトをしてるらしい。
「え?誠くんって9歳も上なんだ?見えない。」
「よく言われるよ。子供っぽいって」
「そうかなぁ?私から見たら十分大人に見えるけど」
「そりゃそうだろ」
「あっそうだね。」
そう言って笑う美雨の顔が可愛いなと感じる
「ねえ、仕事って何してるの?」
「一応コックだよ。雇われだけど…」
「えーーコックさん?どこお店?」
「MIDOU’scafe って知ってる?」
「知ってる、知ってる。あそこ美味しいよね。あそこなの?」
「ああ、オーナーが知り合いでさ」
「凄ーい。何度か行ったことあるよ。友達も美味しいって言ってた。」
「ありがと。今後もご贔屓に」
照れ臭くて小さく笑顔を返す
「ねえねえ。何か誠くんの料理食べたいな」
そう言っって美雨は上目遣いで懇願してくる。
「あーー今オムレツしかできねぇぞ」
「オムレツーうんうん。卵大好き」
嬉しそう首を縦に降る美雨を見ながら僕はそそくさと準備にかかった。
仕事では無く誰かに料理を振る舞うのはいつぶりだろう…
まるでご馳走を待つ子供のように美雨は嬉しそうに僕の方を見つめている
その視線が妙にくすぐったくて何か心地良い。
「ほら、出来たぞ」
そう言って特別飾り付けもないオムレツを僕は美雨に差し出した。
一口食べると美雨は嬉しさを顔全部使って表現したような笑顔を見せ
「美味しいーーほんとに美味しい。さすがプロだね。」
そう言って一回一回味合うように口に運んでいく。
「美味しかった〜ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
そう言って僕等は笑い合う。
「悪い、そろそろ仕事行かないと」
「あっそうだよね、うん。一緒に出てもいい?」
そういった彼女の顔に一瞬だけ影が見えたような気がした。
「ああ、少し待ってって貰えるか?すぐに用意するから」
「うん。」
そう彼女に告げて僕は準備を勧めた。
寝坊した時より急いだ気がする。
美雨はキッチンの椅子に座って携帯を見つめている。
あらかた用意を終えると僕等は玄関へと向かった。
何故かエレベーターからマンションのエントランスをぬけるまで僕等は押し黙ったままだった。
マンションの前に出ると、
「じゃあ、誠くん。今日はありがとうね。オムレツ美味しかったよ…いつか誠くんのオムライス食べたいな」
「オムライス?良いよ」
「あれだよ。中がチキンライスで包んでてケチャップかかったの。」
「ああ、シンプルなやつな」
「うん。あれが好きなの」
僕は不意にバックから手帳を出すと自分の携帯番号を書き破ると美雨に差し出した。
「ほら、いつも仕事が9時か10時までだからあんまり出れないかも知れないけど」
美雨は今にも泣きそうな顔をしている。
「ありがと、誠くん。誠くんはやっぱり私のヒーローだね」
そう言って美雨は精一杯背伸びして僕の左頬にキスをした。
「それじゃあね。また遊びに来るね」
そう言って振り返ると美雨は僕のいう道と反対の道に歩き出した。
僕は左頬に手を当て少し呆然としながら店に向かう通いなれた道を歩き出す。
その日僕の頭は美雨のことで一杯だった