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螺旋階段

作者: 明日穂

 子供たちと孫たちに看取られて、穏やかな最期だった。

それなりにいろいろあったけど悪くない80年だったと思う。


 これから旅立とうとする私の足元に階段が続く。

緩やかに降りていく螺旋階段だ。


「まあ。死んでまで年寄りに辛い思いをさせるのね」


 そんなことを言いながらゆっくりと階段を降りる。

少し降りたところで階段に数字が書いてあるのに気がついた。

「73」と書いてある。


「そういえば、あの人と死別したのも73歳の時だったわねえ」

文句をいいつつも長年連れ添った相手を亡くした時、悲しみよりも虚しさが勝って涙がでなかった。

娘には冷たいって言われたわね。


 65歳の時に新婚旅行以来の二人旅へ行った。

あの人の退職記念にと、子供たちがプレゼントしてくれたのに、あなたがギックリ腰になって大変だったわ。

あなたとの旅行は結局、これが最後になったのよ。


 そうか、これは私の人生の螺旋階段なのだろう。

ひとつひとつ思い出を噛み締めながらゆっくりと降りていく。

心なしか、体も気持ちも若返っていくように。


 初孫を抱いたのは55歳。

遠くへ嫁いだ娘の子供だったからなかなか会えなかったけど、可愛くて。

正直に言うと、あとから出来た息子の孫より可愛いと思っていたの。自分がお腹を痛めて産んだ娘から生まれた命だったから。許してね。 


 40代は子育てと姑の介護に追われて息つく暇もなかった。

私の親には頼れなかったし、あの人は文句を言わない代わりに口も手も出さないから、全部をひとりで抱えて、一番辛くてしんどい時期だった。

 子供たちには八つ当たりしたこともあったわね。余裕がなかったなあと自分でも思うわ。

それでも一番充実していたのかもしれないと、今なら思えるのにね。


 33歳で息子を、30歳で娘を産んだ。

愛おしくもあり、時には憎らしいくらいの存在。私を休ませてくれないんだもの。

 夜泣き、赤ちゃん返り、人見知りで集団生活についていけない、ケンカ、病気。

どれも初めてのことばかりで、男の子と女の子でもぜんぜん違って、空回りしてばかりだった。

完璧なんて求めちゃダメだとわかっていてもなかなか割り切れなかったのが昨日のことのよう。


 20代はがむしゃらに働いた。

私は一人で生きて行くと決めていたから。

 まさか会社の同僚と付き合って、28歳で結婚するなんて思ってもいなかったわ。

不器用で真面目で、仕事にしか興味がないような人からの思いがけない告白だったから、無愛想にテレてるのを「かわいい」なんて思ってしまったのよね。

あの時の私に「考え直すなら今よ」と言えるのなら?  うん。たぶん。言わない。


 この先の階段は降りるのが少しつらい。


 10代は自分の両親との確執だった。

厳しいばかりで優しい言葉ひとつかけてくれない父。

父の顔色ばかり伺って、私が失敗することを絶対許さなかった母。

高校生の頃は、親の庇護から離れてただひたすら自立したかった。


 これでも幼い頃は愛されていたのだと記憶が教える。

初めての発表会。初めての家族旅行。そして、初めて叩かれた日。

いたずらを怒られるのが怖くて思わずついてしまった小さな嘘のせいで。


 ああ、両親も一生懸命だったんだ。

愛し方を間違えて、育てるという責任の重さに壊れてしまったけれど・・・。


 私は紛れもなく、幸せだったのだと、思う。


 振り返って見上げると降りてきたはずの階段は消えていた。

私もいつもまにか、過ぎ去った記憶を思い出せない。

今はただの「愛されている小さな子供」だ。


 残り6段を弾むように降りていく。


「チ、ヨ、コ、レ、ー、ト!」


 先の見えない白い雲の中へ迷わず飛び込む。

もっと小さな赤ん坊になって。さらに小さな命になって。


  _____母の胎内へと_____


 そして再び、目の前に、次の時間の螺旋階段が、昇るようにと現れるのだ。




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― 新着の感想 ―
[良い点] おばあちゃんが亡くなった後、階段を下るようにして人生を振り返る様子がおもしろかったです。始めはなんで階段なのかと思いましたが、螺旋階段とDNAをかけたのかな、と考えると深い話だと思いました…
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