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形骸都市のミラシェスタ  作者: 法月 未由
第一章   蒼井
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その引き金は2





「───ほう、ではLPR(環太平洋諸国連合)を恨む人間はそう多くは無いと」

「えぇ。皆無、とは断言出来ませんがほとんど居ません。先生方のお陰で、学生を含め世間的には平和なのですよ。中には、三国統治領域へ行ってみたいと言う生徒も居ます。まぁ、航空都市を観たいという気持ちは良く分かりますが」

「はっはっは、確かにアイク・ローガンが空を泳ぐ姿は雄大の一言だ。私も彼らの言わんとすることは十分理解できるよ。なにせ、男だからな。しかし、あそこはそんなに良い場所ではないよ」

「やはり、現地民との確執が?」

「確かにそれもそうだが、何より三国間の小競り合いが絶えない。フランス、USA、そして日本。そこに現地民の旧西中華が入って毎日がゴタゴタだよ。アイク・ローガンが試験運転にまでたどり着いたことが奇跡に思える程にね」


俺は神妙に頷くポーズをしながら、黄金色の液体の入ったグラスを傾ける。

目の前に立つのは、外務に務める研究員の一人だ。こう見えても相当な権威があるようで、そこらの議員ですら頭を安安と下げる程。しかし、政治に深く関わることが少ないのか、物腰や挙動は比較的柔らかく、俺としては話しやすい部類の人間である。しかし、やはりここに居るだけあって、その眼光と思考の鋭さは確かなものだ。


俺は今、三十は下らない数の人物達との対話を終え、比較的会場の端の方にいる。一通り、ティアフィールに言い渡されていた顔を合わせとかなければならない人リストを消化したので、中心の賑わいから一歩身を置いている。と言っても、ここら一帯も大勢の人で満たされているのだが。


「礼、さんもあの浮遊都市を訪れてみたいと思うかな?」

「呼び捨てで構いませんよ。ただの成り上がりなのですから」

「謙遜、というより自虐はよしたまえ。ただの成り上がりが……言葉だが、こんな場所にいる訳無いだろう? まぁ、でも間をとって礼君とでも呼ばせてもらおうか」

「お気を遣わなくても大丈夫なのですが。それでお願いします」


本当に、ただの成り上がりなのだから笑いものだ。もしもこんな柵が無ければ、明日の昼にでも学校で話のネタにでもするところなのだが。


「正直に言えば、私もアイク・ローガンへ行ってみたいという気持ちを持ってます。しかし、他の学生程ではありません。……むしろ渋谷や新宿へ行ってみたいと思いますね」

「西山手、か……。それは割と本気で行きたいと思っているのかい? あそこは───」

「分かっています。報道では九割方初期整備が終えられていると言っているけれど、実際は再開発どころか瓦礫撤去や除染作業がまだまだ必要であるということは。これはただの、一人の学生としての好奇心ですよ。」

「そうか。思えば、君達の世代はあの地を知らないんだったね」


そう言って、僅かな沈黙が降り立った。

言外に示すものは、30年前の出来事だろう。俺が産まれる前の話。第三次世界大戦勃発の局面に立たされたと言われる、歴史的大事件。


「東京侵攻の話ですか?」

「───っ」


飛び上がらなかった自分を褒めたい。

突然耳元で美しいソプラノが響いたら誰でも驚く。俺は上げそうになった悲鳴を呑み込んで、半身を下げて振り返った。


そして、目を奪われた。

濃厚な金の長髪と、真紅のドレス。僅かに少女のあどけなさを残しすもはっきりとした顔立ちは、ティアフィールのそれに匹敵するかと思う程。会場の煌めきが全て彼女の為だけにあるような錯覚さえ覚える。美しい、と言う言葉では、むしろその気高さを貶めてしまうようにも感じる。

途端、俺は彼女の横にこうして平然と立っていることが恥ずかしく思え、一歩さらに身を引いた。


「これはこれは……、ローズ嬢ではありませんか。今日はご欠席の予定だったのでは?」

「今晩はセルマンさん。たまたま早く終わったから、顔を出してみたんです」

「そうですか、いや、ローズ嬢をお目にかかれただけでも、この場に来た甲斐がありましたな。……では、私はこの辺で失礼させて頂きますよ」


すると、傍から見ても気を遣っているのが分かる素振りで、セルマンと呼ばれた外務員は人の波へと消えていった。残されたのは、横の美少女と彼女が連れてきた人の垣根。

俺は必死にローズと言う名前を乏しい脳内辞書で引きながら、横を振り向いた。


「あなたが、蒼井の次期当主?」

「はい、そうです。……ローズ・マンチェスター様」

「あら、知ってるんですか。様は要りませんよ」


すると、目の前の少女は人目を無視しているのか俺との距離を一気に縮め、水色の瞳でこちらの顔を覗き込んでくる。


思い出した。

この少女の名はローズ・マンチェスター。詳しくは知らないが、英国の随一の美を継ぐ少女と言うことでどこかで聞いた覚えがある。そして確か、マンチェスター家は二階堂家と蒼井家と懇意にしている、超が付く程の現代の大貴族だった筈だ。


「ふーん……。あなたが蒼井、ね」


その口振りから、品定めされているのが分かった。

物腰柔らかな態度。全てを包み込む優しさが伺える一方、それに俺は、対貴族用の仮面で相対する。しかし、ローズ嬢は全く気にした様子もなく、一瞬視線を外したかと思うと再び俺の顔を覗き込んでくる。


「あの、今時間ってあります? もし宜しければ、ちょっとの間、付き合って欲しいのだけれど」

「……はい、大丈夫ですが」


断れる筈がなかった。

花園の中心に咲き誇る一輪の花弁ような、その輝き。

誘いを断った後の未来を案じたのも確かだが、何よりもその甘い蜜に魅せられてしまった。


「決まりですね。付いてきてください」

「え、えぇ。……分かりました」


どこへ? という言葉は寸前で呑み込んだ。

ローズ嬢は羽織った布を翻すと、何の躊躇もなく人の輪へと歩き出し、何処かの伽話に出てくる海の如く割れた人の道を進む。俺は堂々と歩く彼女に続いて、屋敷の奥へと歩いた。


「あなた、クリストフ児童養護施設から来たそうですね」

「はい、孤児ですので」

「そこは普通、過去系にする所ではないの?」


冗談半分、と言った様子でローズ嬢はくすりと嗤う。そのまま右手に現れたエレベーターに乗ると、良く分からない瞳をした彼女と目が合った。


「と言うことは、普通に学校生活を送っていましたの?」

「ええ、普通・・に過ごしていましたよ。それこそ、何も知らずに」

「うーん、確かにあなたは何も知らなさそうな顔だもの。……それだから、二階堂なんかにナメられるのですよ? ───でもね、あちらの日常で生まれたのなら、この世界に関しては何も知らない方がいいわ」


そこで俺はようやく、さっきのローズ嬢の瞳が何だったのかを理解した。

あそこにあったのは、憐憫と同情と、そして自虐。なぜ、そんな想いをするのかは分からない。しかし、彼女が他の人間程俺から離れてはいないということだけは分かった。

聞いたことのない豊かな電子音と共に、緩慢な動きで扉が横滑りする。


「能動的にしろ受動的にしろあなたが踏み込んだ場所はね、本来ならば無知の知すら赦されない社会なの。───ここはある意味、他から切り離されている。違う循環で物事が動いているの。だから、不用意に頭を突っ込まない方がいいわ」


4階を示すエレベーターホールを抜けると、ローズ嬢は突然一つの扉を開いた。入ると、そこは部屋ではなく何の装飾もない簡素な廊下だった。20メートル位先に同じような扉がある。

なぜ廊下の中に廊下が、とは思わなくもない。しかし、その思考は後ろで閉まる扉の音でかき消された。


ローズ嬢は廊下の中程まで進むと歩みを止め、俯きがちに押し黙った。そうしていたのは五秒にも満たなかったと思う。立ち止まっていたローズ嬢は、さっきのようなキレのいい動きでこちらへ振り返った。


「うん、ここなら大丈夫そうですね。───さぁ、本音を話しましょうか。」





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