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形骸都市のミラシェスタ  作者: 法月 未由
第一章   蒼井
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境界上の二律背反3



......................................................


「失礼します」


言葉と共に、重厚な造りをした扉から入ってきたのは、一人のメイドだった。

専属の者を寄越します。そう執事に言われていなかったら、彼女が同じヒトであると気が付かなかったかもしれない。

どこかで見たような風貌。

どこかで見たような瞳の色。

それが過去の事実なのか心象なのかは分からないが、ひどく懐かしさを覚える類のもの。


すっきりとした鼻と桃色に膨れた唇。伏せられた瞳は、深い蒼。しかし、そこには何も映していないような冷たい空虚さがあった。

恐ろしいほどに整った顔立ち。さっと侍女服へと目を流すと、予想通りと言うべきか、完璧と呼んでも過言ではないと服越しでもわかるスタイルを持っていた。

しかし、何よりも目を引くのは彼女の髪の色だった。

幻想的。

どこかの仮想空間メタバースへと迷い込んでしまったかのような気にさせるそれは、透き通るような白銀だった。

自分と同年代の少女が堪えかねたように小さく身じろいだ所で、ようやく俺は我に帰った。


「わ、悪い。つい……」

「お気になさらないで下さい。私は慣れておりますので」

「……そ、そうか」


俺は自分の顔に熱が回るのを感じ、思わず顔を逸らしてしまった。


「改めてご挨拶させて頂きます。私は名はティアフィール・フェドロフ。本日より、礼様の専属侍女を仰せつかった者です。宜しくお願いします」

「あ、あぁ宜しく。あんたも大変だよな。……なぁ、俺は一体何をすればいいんだ? ほぼ強制的にここにいるんだが……、誰も何も説明してくれねーんだよ」


あの後、小一時間程車を走らせた後にたどり着いたのは、この莫大な広さを持つ屋敷だった。

これまでただ一つ説明されたことといえば、今日から俺は正式に蒼井礼となるということだけ。ボディーガードと思われる奴らに聞いても、全然答えてくれなかったのだ。実際、右も左も分からないというのが現状だ。

しかし恐ろしいのは、俺の適応力か。そこまで焦りを感じていない。だが、これを適応力と呼んでいい物だろうか。そんなご大層なものでなく、ただ環境に流されやすい、ということではないのか。

今更、そんな自分の意外な一面を見た気がした。


「はい、執事からも礼様への説明の程を仰せつかっております。しかし、まずは体を休められては如何でしょうか。長旅の末、お疲れの筈です」

「……やっぱり、ここで寝なきゃならないのか」


右へ顔を向ければ、この執務室に続く一つの扉がそこにある。その先には、学校の教室三つ分位の広さを持つ寝室に、巨大な天蓋付きのベッドが鎮座している。

つい今朝まで六畳間で生活していた俺にとっては、余りにも広すぎる空間だ。


「……寝室は、そちらの部屋になりますので」

「いや、そう言う意味じゃなくて……この屋敷で寝起きしなきゃならないんだなーって思って、な」

「……心中お察しいたします。しかし、どんな形であれ礼様は蒼井家次期当主。そんなお方を、危険な外世に一人にすることなど出来ません」

「ホント、世の中理不尽だよな」


俺は革張りの椅子を回して、半身に背後の一面に広がるガラスの先へと視線を向ける。ここからでは、自然豊かな広大な敷地が一望できる。


「触りだけでもいいんだ。今、俺が置かれている状況を教えてくれないか? このままじゃ、気になって寝れやしない」

「分かりました。では、各人の意思を全て省いた上で、大まかな流れだけをお伝え致します」

「ありがとう。……えっとティアフィール、でいいんだよな。それなら、そこのテーブルで話そう。立ったままじゃ話しにくいだろ」

「恐れ入ります」


そうして、俺たちは執務机から離れて近くの談話席へと移る。

既に日は暮れて、僅かに月明かりが照明の効いた部屋から見ることができる。二席が対面する形となっているテーブルに着くと、浅く腰かけたティアフィールが説明を始めた。


「まず、蒼井家についてどこまでご存知ですか?」

「ほとんど知らないよ。莫大な資金と各先進国の利権を裏で握っている……とか、そんな世間の一般的なゴシップ程度」

「……利権云々の話はまた複雑な事情があるのですが、取り敢えず今夜は割愛いたしましょう。しかし、後日改めてご説明させて頂きます」

「わ、わかった……」


……おいおい、マジかよ。複雑な事情? 否定しないってことは、事実なのは確かだってことか?

どうやら、政治経済への知識と興味が世間的平均もない俺に、懇切丁寧に教えてくれるらしい。……というより、要約上っ面だけではあるが、諸処の実感と事態への認識が追いついてきた。

そうだ、今はもう俺は蒼井の姓を持つ身なのだ。

そう思うと、この少女にはよほど苦労をかけることになる。彼女はこの状況をどう思っているのだろうか。今ところ感情らしい感情を見ていないので、判断のしようがない。

どちらにしても、彼女のこの献身的な態度は俺の知らない世界のそれであることは確かである。


「蒼井は様々な分家と主軸企業である蒼井ホールディングスを中心にビジネスを行っております。その構造の頂点に立たれているお方が、この屋敷の主であり蒼井家現当主であられる一騎様です」

「……俺を迎に来た、あの爺さんか」

「はい、そうです。そして、現在実質的な最高発言者がホールディングス社長の修馬様──一騎様のご子息です」


蒼井修馬。どこかで聞いたことのある名前だと思えば、素性の一切が知られてない超やり手実業家として話題になった人物だ。一時期は、ネット・ゴーストなのではなど色々と囁かれ、学生の世間話にもよく登場したものだ。最も、当時はゴーストと修馬の造語である「Shust」という名で通っていたが。


「蒼井修馬……電子霊とか嘯かれていたけど、実在するのか」

「……はい。そして、今回の一連の事柄はほとんど修馬様の意志によるものです」

「マジかよ……あのスーパールーキー様がか。一連の、って言うと大体どの辺だ?」

「ほぼ全てです。………、礼様が養護施設から引き取られたことから次期当主任命まで、すべて」

「ホントに全部なのな。やっぱり、修馬……さんとかにも挨拶に行くのか?」

「それは……」


突然途切れる言葉。ティアフィールは一度遠い目をしたかと思えば、次には居座りを直して真っ直ぐに俺の目を見てきた。

一瞬、脈拍が跳ねた。


「それは、確にそうです。いずれ礼様にも各重責に置かれる者達と顔合わせをするでしょう。……しかし、修馬様は例外です」

「なんでだ? やっぱり、なんか理由があって人前には顔を出せないとか?」

「いいえ、違います。…………修馬様は、つい三日前に亡くなられたのです」

「え……」



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