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形骸都市のミラシェスタ  作者: 法月 未由
第一章   蒼井
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境界上の二律背反1


第一話 境界上の二律背反



正直に言おう。俺は状況に浮かれていた、と。

日本の児童相談所のシステムにおいて、児童養護施設へ預けておくよりも利得の少ないはずの里親が見つかったのだ。

しかも、それはただの里親ではない。

薄いながらも血縁がある。確かにこれも俺に衝撃を与えた。しかし、それはどちらかというとあの(・・)血を引いていることについて。

その里親と言うのは、今世紀最大級の資産をと各国の利権を持つ、蒼井家だったのだ。


浮かれるのも当然だろう。人生最底辺まで社会的地位が下落したことを悟ってから一変、親の七光と言う奴で一気に勝ち組だ。

本当に、無知だった。

あの頃の俺に行ってやりたい。

旨いだけの話などない事を。

自分の場合は大丈夫、なんてことはない事を。

その裏に犇めいている黒い意思達を。

だが、今更何もかも手遅れ。

俺は気付かず、分かれ道の先へと立たされていた。




「え───っ! じゃ、じゃあれい君はファウダー君から蒼井君に変わるってこと?!」

「まぁ、確にそうなるな」

「うわー、うわー、なにそれ羨ましいというかご愁傷様というか凄い。あの蒼井家だよね、蒼井ホールディングスの」

「んだよ、ご愁傷様って。そーだよ、あの蒼井だ」

「えと、何か人が変わっちゃいそうじゃない? そういうのって。きっと大金持ちなんだろうし」

「お前曰く超マイペースな俺が、そう簡単に変わると思うか?」

「うーん。……それは確かに思わない」


淡い青の冬の空。

低い正午の曜日が差し込む中、俺はラッピングされたパンの袋を開けた。

目の前には、椅子だけ反対に向けてこちらの机で弁当の包みを広げている少女がいる。俺からしたら小さすぎる弁当と口とを箸で往復させている彼女の名前は、鹿崎飛色かざき ひいろ。なんだかんだと言って、中学3年間同じクラスの腐れ縁と言うやつだ。


「それって、里親として蒼井さん? が引き受けてくれるってこと?」

「俺も詳しいことは知らないけど、養子として引き取られるらしい。本当はもんのすごくダルい手続きがあるらしいんだけど、なんか紙数枚にサインしただけで終わった。多分、あっちが手を回してくれたんだろうけど、流石セレブって感じ」

「うわぁ、それ明らかに怖いというか怪しいよね……。蒼井家って色々都市伝説の話題になるし」

「まぁ、そりゃ真っ白じゃ無いだろうけど。でも、養子の俺がそんな深く知ることもないだろ」

「それは……」


今世紀最大級の資産と権力を持つと言われる蒼井家。世界中に広がる彼らの人的ネットワークは、世界を牛耳っていると言える程巨大で強力であるらしい。陰謀論を愛してこよない重度情報帯中毒者ネット・サバイバーの数人が真実を確かめようとして、行方を消したことは有名な話だ。その情報の真偽も定かではないが。


「あ。都市伝説って言ったら。もしかして礼君、例の学園に行けるかもね」

「例の学園? なんだそれ?」


飛色ひいろは一度黒の髪を掻きあげると、わざとらしく顔を近づけて声をひそめる。……こう言った行動を平然とやられるから困る。何度俺がコイツに勘違いしたことか。今はもう通例となっているためなんともないが、昔はよく上級生下級生同学年問わず恨めがましい視線を向けられたものだ。


「ミラシェスタ学園だよ。知らない?」

「あぁ、裏口入学しかない高校か」

「違うよ……、いや言いようによればそうかな? 裏社会でしか生きれない子供が入る場所、っていうのが主流の伝説。最近は高校だけじゃなくて大学とか中学、小学校まであるとか言われてるけど」

「ホントに女子はその手の話、好きだよな。どうせヤクさんの子供が一人いたとかいないとかで肥大化した話だろうよさ」

「夢無いなー。男はロマンなんじゃないの?」

「なんだその平成思想」


俺はチョコチップメロンパンに大きくかぶりつくと、咀嚼しながら窓の外へと視線を外す。正直、目の前に飛色コイツの顔があると心臓に悪い。主に高血圧で。

微かに香る甘い匂いにドギマギしながら、俺は遠くのビル郡を見つめる。軍事用と思われるヘリ数機が旋回を繰り返しているそこは、旧新宿。象徴とも言えるコクーンタワーが円状に一部抉られている様子は、見ていて痛々しいものがある。

すると、俺の視線を追ったのか、軽い調子で飛色は話題を変える。


「新宿、行ってみたかったなぁー。新宿だけじゃなくて池袋も渋谷も───あ、あと原宿も」

「JREのサーバー入れば行けんだろ」

「メタ《あっち》とリアル《こっち》じゃ全然違うよー。現実感云々の話以前に、そこには生活が無いもの。実際にそこに人が住んでいて、モノを売って、ストリートライブなんか見て……。やっぱデータで再現された都市は形骸だよ。それに、…………高いし」

「学生はカツカツで生きていますから」

「……でも礼君は、そんなのも簡単に行けるようになるんでしよ?」

「どうだろうな」

「きっとそうだよ」


何の意味もない会話。少しネタが特殊なだけで、その実はいつものくだらない日常。

一月に控える高校受験に緊張して、時々自分を安心させるために公開テストのスコアや実績を眺める日々。しかし、かつての知識偏重型の偏差値制であったのならば中学三年生のクリスマス前という時期は戦場であっただろうが、今は教育制度改正によって学生らしく文化的な生活ができる。

なんだかんだと言って、俺はこの生活が好きなのだ。

俺は最後の一欠片を口の中に放り込んで、袋を握り丸めた。

空は冬の淡い晴天。

周りには気心の知れた友人達。

目の前には腐れ縁の飛色。


どうせ卒業式まで3ヶ月なんだ。

そう思っても、実感がわかないのが実状だ。二度と会わない、なんてことは無いのだろうと鷹をくくっているというのもある。


そうして冬の太陽は、その高度を下げていく。

午後の二限が終わると、早めに終わったクラスの生徒がわっと入ってくる。朝会、朝礼、夕礼が無いこの学校では、放課後がすぐにやってくるのだ。

俺は固くなった背を伸ばすと、いつもの顔を見た。




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